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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第8章

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■ 第76話「大鉱山」

 翌朝、トーラに向けて出発した。


 俺とシアとソルス。三人。馬で二日。


 シアは来るつもりがなかったが「私も行く」と言い張った。昨日の不満が残っているのだろう。ルティアのところに俺を一人で行かせたくないのが見え見えだった。


 ソルスは馬の上で術式書を読んでいた。揺れているのに器用に書き込んでいる。


「ソルス、落ちるぞ」


「大丈夫です。これ、バランスを計算してますので」


「計算の問題じゃないと思うんだけど」


―――――


 トーラに着いた。


 山に囲まれた町。石造りの家。鉱山の入り口が山肌にいくつも空いている。前に来たときより活気があった。坑道の入り口に灯りが灯っている。人が出入りしている。槌の音が山に響いている。


 ルティアが門の前に立っていた。


 黒髪ロング。深紅の瞳。漆黒の角。腕を組んで——いなかった。


 腕を下ろしていた。


「……来たか」


「来た。約束したからな」


「再来週と言っていた。一週早い」


「鉱脈が見つかったんだろ。早い方がいい」


「……そうだな」


 ルティアの目が俺の後ろを見た。シアがいた。


「……シアも来たのか」


「術式の専門家が必要だと判断した」シアが言った。


「私はソルスに来てほしいと書いたんだが」


「私も来た。文句があるか」


「ない」


 二人の間に火花が散った気がした。


―――――


 鉱山に入った。


 坑道の中は広かった。息吹の灯りが等間隔に並んでいて、暖かい光で照らされている。以前は真っ暗で、たいまつだけで掘っていたらしい。灯火のおかげで変わった。


 奥に進んだ。ルティアが先頭で案内する。


「ここが新しい鉱脈だ」


 坑道の壁が光っていた。赤い鉱石が岩肌に筋のように走っている。火紅石。前にルティアがくれたやつと同じ。


「すごい量だ」


「この鉱脈だけで、今までの産出量の十倍はある。だが問題がある」


「何だ」


「硬い。今の道具では掘り出すのに時間がかかりすぎる」


 ソルスが岩肌に触れた。眼鏡を押し上げて、目を細めた。


「……これは。息吹が鉱石の中に閉じ込められていますね。だから硬い。通常の鉱石とは結晶構造が違う」


「掘り出す方法はあるか」ルティアが聞いた。


「息吹石を使った振動術式で結晶の隙間を広げれば、効率的に割れるはずです。計算してみます」


 ソルスが術式書を開いて書き始めた。坑道の中で。灯りの下で。


「……ここで書くのか」


「思いついたときに書かないと忘れます」


 ルティアが少し呆れた顔をした。でも口元が緩んでいた。


―――――


 鉱山を出た。トーラの町を歩いた。


 ルティアが案内してくれた。新しい坑道。鍛冶場。鉱石の加工場。全部が灯火のおかげで効率が上がっている。


「人が足りない以外は順調だ」


「解放された人たちの中に鍛冶師がいる。バルドたち。トーラに来たいか聞いてみる」


「……ありがたい」


 町を歩きながら、俺はずっと考えていた。


 道が悪い。


 トーラと王都を繋ぐ道は、獣道に毛が生えた程度だった。馬で二日かかるのは距離のせいだけじゃない。道が悪いからだ。岩場を迂回して、崖を避けて、余計な距離を走っている。


 ナーヴェルへの道も同じだ。港がある。海の幸が毎日届いている。でも道が悪くて、運ぶのに時間がかかる。


「ルティア」


「何だ」


「道を作らないか」


「道?」


「王都からトーラまで。王都からナーヴェルまで。ちゃんとした舗装路。馬車が通れるくらいの」


 ルティアが立ち止まった。


「鉱石を運ぶにも、人が行き来するにも、今の獣道じゃ限界がある。道が整備されれば、トーラの鉱石を王都に運んで加工できる。ナーヴェルの海の幸を新鮮なうちにトーラに届けられる。全部の集落が道で繋がれば、魔族領が一つの国として動き始める」


「……壁で守り、灯火で生かし、道で繋ぐ、か」


「そうだ」


 ルティアが俺を見た。深紅の瞳が光っていた。


「……お前は、次から次へと出てくるな」


「思いつきだ」


「思いつきにしては大きすぎる」


「ソルスに設計を頼む。建築も道路も基礎から作り上げるのが得意だ」


 ソルスが後ろで「お任せください」と言った。術式書から目を上げずに。


―――――


 夜、ルティアが酒を持ってきた。


 トーラの石造りの宿舎。屋上。星が近かった。山が高いから。


「飲むか」


「飲む」


 二人で飲んだ。シアは宿舎の部屋にいた。「疲れた」と言って先に休んだ。嘘だろう。俺とルティアを二人きりにしたくなくて、でも意地で部屋に戻ったのだ。


「シアは怒っているのか」ルティアが聞いた。


「たぶん」


「……お前のせいだろう」


「俺のせいなのか」


「鈍いからだ」


「よく言われる」


 ルティアが果実酒を一口飲んだ。山の夜風が黒髪を揺らした。


「……道を作る、と言っていたな」


「ああ」


「トーラと王都が道で繋がったら、行き来が楽になる」


「馬で二日が、一日になるかもしれない」


「……一日か」


 ルティアが少し黙った。


「……一日なら、もっと頻繁に行ける」


「トーラに?」


「違う。——王都に」


 ルティアが俺を見た。深紅の瞳。星が映っていた。


「……カイン」


「ん」


「また来てもいいか。用がなくても」


「来い。報告書がなくても。いつでも」


「……本当に、行ってしまうぞ」


 ルティアが杯に口をつけた。頬が赤い。酒のせいだけじゃない。


「カイン」


「ん」


「今日、鉱山を案内していて——」


「うん」


「お前が隣にいると、トーラが違って見えた。いつもの鉱山なのに。いつもの坑道なのに。お前がいるだけで、全部が新しく見えた」


「……」


「……こういうことを言うのは、得意じゃない」


「知ってる」


「……でも言いたかった」


 ルティアが杯を置いた。俺に少し寄りかかった。肩が触れた。黒髪が俺の腕に流れた。


「……少しだけ」


「いいよ」


 山の夜は静かだった。槌の音も止んでいた。星だけが光っていた。


「……明日、ソルスに道の設計を頼もう」


「ああ」


「トーラと王都を繋ぐ道。——私は、その道を一番最初に歩く」


「……わかった。ルティアが一番だ」


 ルティアが少し笑った。柔らかい笑顔。酔ったときだけ見せる顔。


 いい夜だった。

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