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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第8章

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■ 第70話「嫉妬」

 リーナが忙しくなった。


 解放された二百六十人以上の中に、怪我や病気を抱えている者が大勢いた。ノアの父親の指は治したが、他にもたくさんいた。


 骨折が治らないまま固まった者。火傷の跡が引きつれて動かない者。栄養失調で目が見えにくくなった者。古い傷が化膿している者。


 リーナが一人一人診ていた。聖女の癒しの術は強力だが、一人に時間がかかる。何年も放置された傷は一回では治らない。


「カインさん、すみません。しばらく旅には出られないと思います」


「気にするな。ここで治療に専念してくれ」


「でも——」


「リーナにしかできないことだ。お前がいなきゃ治らない人がたくさんいる」


 リーナが少し俯いた。金色の髪が揺れた。


「……はい。頑張ります」


「無理はするな。お前が倒れたら元も子もない」


「はい」


 リーナが微笑んだ。草色の瞳が優しかった。でもどこか寂しそうだった。旅に出られないことが、カインと離れることが。


 ガラの薬屋がリーナの拠点になった。ナーシャが助手として横についた。毎日、朝から晩まで治療が続いた。


―――――


 リーナが治療に専念している間、日常が少し変わった。


 ノアが王都の生活に馴染み始めていた。


 両親と一緒に新しい家に住んでいる。大工たちが建てた小さな家。ノアの母親がカーテンを縫って、父親が棚を作った。ノアが「あたしの部屋!」と叫んでいた。生まれて初めての自分の部屋。


 ノアは毎朝、俺のところに来るようになった。


「カイン、おはよう! 今日何するの?」


 毎日。欠かさず。太陽みたいな笑顔で。


 シアが横で術式書を読んでいた。ノアが来るたびに、ページをめくる手が止まった。一瞬だけ。すぐに戻った。


 でも俺は気づいていた。


―――――


 ある朝。


 ノアが俺の腕を掴んで引っ張った。


「カイン、あっちに新しいパン屋できたんだって! 行こう!」


「今からグラザードと——」


「すぐ終わるから! パン買うだけだから!」


 ノアが俺の腕にしがみついていた。小麦色の手。力が強い。


 シアが術式書から目を上げた。


 銀色の瞳が、ノアの手を見た。俺の腕を掴んでいるノアの手を。


「……行ってくれば」


 シアが言った。平坦な声。いつも通り。


「すぐ戻る」


「別にいい。急ぎの案件はない」


 俺はノアに引っ張られて行った。


 振り返った。シアが術式書に目を落としていた。


 ページが、さっきから一枚もめくれていなかった。


―――――


 パンを買って戻ったら、シアがいなかった。


「シア、どこ行った?」


 レナが訓練場の端で剣を磨いていた。


「シアちゃん? さっき自分の部屋に戻ったよ。なんか不機嫌だった」


「不機嫌?」


「うん。あたしが話しかけたら『何でもない』って。何でもないって言うときが一番やばいんだけどね、シアちゃんは」


 ノアが横で小さくなっていた。


「……あたしのせいかな」


「ノアちゃんのせいっていうか、カインのせいだよ」


「俺!?」


「ノアちゃんと腕組んで出ていったらそうなるでしょ」


「腕は組んでない。引っ張られただけだ」


「同じだよ、シアちゃんから見たら」


―――――


 シアの部屋の前に行った。


 ノックした。


「シア」


「……何」


「入っていいか」


「……いい」


 入った。シアは窓際に座っていた。術式書を開いていた。読んでいなかった。


「さっきは悪かった」


「何が」


「ノアと出かけて」


「別に悪くない。用事があったんだろう」


「パンを買いに行っただけだ」


「……パン」


「うん」


 シアが術式書を閉じた。ぱたん、と。少し強く。


「パンを買いに行くのに、二人で行く必要はあったのか」


「ノアが行きたいって言うから」


「ノアが言えば行くのか」


「……シアも行きたかったのか?」


 シアが俺を見た。銀色の瞳が、怒っていた。いや——怒りじゃない。もっと別の何か。


「……行きたかったとかそういう話じゃない」


「じゃあ何が——」


「わからないなら、いい」


「わからないから聞いてるんだけど」


 シアが立ち上がった。俺の前に来た。小さい。座っている俺と目線が同じ。


「カイン」


「ん」


「……私は、ノアみたいに腕を掴んで引っ張ったりしない」


「うん」


「おはようって毎朝走ってきたりしない」


「うん」


「パン屋に行こうなんて言わない」


「……うん」


「でも——」


 シアの声が、少し震えた。


「——私だって、隣にいたい」


 俺は——固まった。


 シアの銀色の瞳が、揺れていた。怒りが消えていた。残っていたのは——寂しさだった。


「シア……」


「ノアは素直だ。気持ちを全部出せる。私にはできない。でも——できないからって、何も思ってないわけじゃない」


 シアが俯いた。真白のショートボブが顔を隠した。耳が赤かった。


「……こんなこと言うつもりじゃなかった」


「いや——聞けてよかった」


「よくない。恥ずかしい」


「でも——」


「うるさい。出て行け」


「え」


「出て行け。今日はもう顔を見たくない」


「シア——」


「明日は……明日は、いい。明日また来い」


 俺はシアを見た。俯いたままのシア。耳が真っ赤なシア。


 ——かわいい。


 思ってしまった。


 口には出さなかった。出したら殺される。


「……わかった。明日来る」


「……来なかったら許さない」


「行くって」


 部屋を出た。扉を閉めた。


 廊下で、心臓がうるさかった。


 シアがあんな顔するの、初めて見た。


―――――


 夜、ノアが俺のところに来た。


「……カイン」


「ん」


「シアちゃんと話した?」


「話した」


「怒ってた?」


「……怒ってたっていうか……」


「嫉妬してた?」


「……たぶん」


 ノアが少し黙った。


「……シアちゃんも、カインのこと好きだよね」


「え——」


「見ればわかるよ。あたしも好きだから、好きな人を見る目はわかる」


 ノアが俺を見た。深い青の瞳。


「あたしは負けないけどね」


「勝負じゃ——」


「勝負だよ。恋は勝負。——でもシアちゃんのこと嫌いにはならない。あの人は、カインが一番辛いときにそばにいた人だから」


 ノアが笑った。


「だから正々堂々やる。シアちゃんにも、リーナにも、負けないように」


 ノアが手を振って去っていった。


 ……正々堂々。


 シアとノアが同時にいる日常。


 これからどうなるんだ。

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