■ 第7話「居場所」
訓練場。朝。
レナと打ち合いをしていた。結界を張る。弾かれる。張り直す。弾かれる。
「遅い。来ると思ってから張るな。来る前に張れ。あたしの目を見ろ」
目を見た。右に動いた。右に結界を張った。レナの剣が弾かれた。
「おっ。やるじゃん」
シアが訓練場の端に立っていた。腕を組んで。少し離れたところから、こちらを見ていた。
休憩になった。訓練場の端のベンチに座った。レナが隣に座った。
「カイン」
「ん」
「パーティーで三年間、足手まといって呼ばれてたんだろ」
「……グラザードから聞いたのか」
「ああ。——三年間ずっと?」
「ずっとだ」
「どう言われてた」
「封印術は地味だ。役に立たない。お前がいるとパーティーの足を引っ張る。——毎日だった」
レナは剣を膝の上に置いたまま、前を向いていた。
「辞めなかったのか」
「辞めたら行く場所がなかった。孤児院を出て冒険者になって。パーティーに入れてもらえたのが嬉しかった。やっと居場所ができたと思った」
「でも居場所じゃなかった」
「……ああ。飯は一人で食べてた。宿も別。作戦会議にも呼ばれない。呼ばれたと思ったら荷物持ちか見張り番。三年間、ずっとそうだった」
風が吹いた。訓練場の砂が舞った。
「三年間、一人で練習してたんだろ。封印術」
「他にやることがなかった」
「誰にも教わらず。誰にも見てもらえず」
「ああ」
「その三年間がなかったら、昨日の壁は作れなかった。——あたしはそう思う」
「……考えたことなかった」
「考えろ。あんたの三年間は無駄じゃない」
俺は訓練場の地面を見ていた。
「……俺さ」
「ん」
「人間の国にいたとき、教わったんだ。魔族は醜悪だって。見た目が恐ろしくて、人間を襲う化け物だって」
レナが黙った。
「でもここに来て、三日で分かった。全部嘘だった」
「……」
「醜悪なのは見た目じゃない。仲間を捨てる心だ」
風が止まった。訓練場が静かになった。
「三年間仲間だと思ってた奴らが、俺を捨てた。糞尿をかぶせて、瘴気帯に放り込んだ。——三日前に出会った奴らが、手当てしてくれた。飯を食わせてくれた。友達って呼んでくれた」
「……」
「捨てられた側にしかわからないことがある。捨てられたから、拾ってくれた人の温かさがわかる」
レナが俺を見ていた。笑っていなかった。真剣な顔だった。
「世界は嘘だらけだ。醜悪だと教わった奴らに、初めて温かいって思わされてる。——誰が醜悪だったんだ」
長い沈黙があった。
「……カイン」
「ん」
「あんた、泣きそうだぞ」
「泣いてない」
「目が赤い」
「……砂が入った」
「嘘つけ」
レナが少し笑った。でも優しい笑い方だった。
「……救世主なんて呼ばれてるけど」
「ん」
「似合わない。足手まといだった男が救世主なんて」
「似合ってるかどうかは、あんたが決めることじゃない。ここの人たちが決めることだ」
「……」
「あんたを足手まといって言った奴らは、あんたの力を見抜けなかった馬鹿だ。ここの人たちは見抜いた。——どっちを信じる」
「……ここの人たちを」
「なら胸張れ。足手まといなんて言葉、もう捨てろ」
「……捨てられない。あの三年間は俺の一部だ」
「じゃあ抱えたまま走れ。足手まといだった男が救世主になった。——それって最高にかっこいい話だろ」
レナが立ち上がった。剣を肩に担いだ。
「休憩終わり。もう一回来い」
「……ああ」
立ち上がった。
―――――
打ち合いの合間に、レナが聞いた。
「ここに残るんだろ。もう」
「ああ。帰る場所なんてないし」
「帰る場所じゃなくて。——ここにいたいのか」
「……いたい」
「なんで」
「三年間、一人で飯を食べてた。作戦会議にも呼ばれなかった。誰にも必要とされなかった。——ここに来て、初めて隣に人がいる。飯を一緒に食べてくれる人がいる。それだけで、ここにいたいと思える」
「……」
「役に立つとか立たないとかじゃない。隣にいたいかどうかだ。——俺はここの人たちの隣にいたい」
レナが少し黙った。
「……あんた、いい奴だな」
「そうでもない」
「いい奴だよ。——だからあたしも隣にいてやる」
レナが笑った。
「さ、もう一回。今度は本気で行くぞ」
「今まで本気じゃなかったのか」
「三割だよ」
「三割……」
―――――
夕方。訓練が終わった。
レナが先に帰った。「飯の前に風呂に入る」と言って。
訓練場に一人になった。
——と思ったら、一人じゃなかった。
シアが、まだいた。
訓練場の端。壁にもたれて立っていた。腕を組んで。いつからいたのか。
「……シア」
「……」
「ずっといたのか」
「……訓練の進捗を確認していただけだ」
「朝からずっと?」
「……予言の守り手として当然の役割だ」
シアは前を向いたまま、俺を見なかった。
「……聞いてたか。さっきの話」
「聞いていない」
「嘘だろ」
「……少し、聞こえた」
シアが壁から身を離した。俺の方に一歩だけ歩いた。
「……足手まとい、と呼ばれていたそうだな」
「ああ」
「三年間」
「ああ」
シアが少し黙った。銀色の瞳が、訓練場の地面を見ていた。
「……私も、そうだった」
「え?」
「予言の守り手。孤独な役割。人と関わるなと言われた。同い年の子どもたちとは話が合わなかった。——いや、話しかけ方がわからなかった」
「……」
「一人でいる方が楽だった。ずっとそう思っていた。——でも本当は、一人がいいんじゃなかった。一人しかできなかっただけだ」
シアが俺を見た。
「お前が言った言葉。——隣にいたいかどうかだ、と」
「聞いてたんじゃないか」
「……少し聞こえただけだ」
シアが目を逸らした。
「……悪くない言葉だと思った。それだけだ」
そう言って、シアは歩き出した。帰っていく。
背中が小さかった。真白のショートボブが夕日に染まっていた。
「シア」
「何だ」
「俺はここにいる。ここで生きる。ここで戦う。——この人たちの隣で」
シアが足を止めた。振り返らなかった。
「居場所をくれた人たちに、恩返しがしたい。俺にできること全部で」
「……」
「足手まといだった俺が誰かの役に立てるなら。——誰にも必要とされなかった俺を必要としてくれる人がいるなら。その人たちのために、全部出す」
シアが少しだけ振り返った。横顔が見えた。銀色の瞳が夕日を映していた。
「……勝手にしろ」
小さい声だった。
シアは歩いていった。いつもの速さで。
——でも、ほんの少しだけ。歩くのが遅かった気がした。
―――――
夜。宿舎の寝台に横になった。天井を見た。
救世主様、と呼ばれた朝のことを思い出した。
似合わない。足手まといだった男には似合わない。
でも——
足手まといだった俺が誰かの隣にいたいと思った。
捨てられた俺が拾ってくれた人に恩返ししたいと思った。
それは嘘じゃない。
パーティーの三年間で誰にも言えなかった「ありがとう」を、ここでは毎日言える。それだけで、ここに来てよかったと思える。
——強い奴が守るんじゃない。守りたいと思った奴が守るんだ。
まだ強くない。まだ何もできない。
でも守りたい。この場所を。この人たちを。
この居場所を。




