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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第7章

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■ 第69話「帰り道」

 砂浜から戻ったノアは、靴を履いて、何事もなかったような顔をしていた。


 嘘だ。耳がまだ赤い。


 俺も何事もなかったような顔をしていた。たぶん下手だった。


―――――


 出発の前に、イルマ長老に挨拶した。


「ナーヴェルは順調です。灯火も安定している。漁師たちも馴染んでる」


「ああ。いい男たちだよ。働き者だ。船の骨組みももう二隻目に入った」


「何かあれば王都に伝令を」


「わかっている。——ノア」


 イルマがノアを見た。


「お前はどうするんだい」


 ノアが少し黙った。


「……ばあちゃん。あたし、王都に住もうと思う」


「そうかい」


「お父さんとお母さんが王都にいるから。家族一緒にいたい」


 イルマは頷いた。寂しそうではなかった。わかっていた顔だった。


「この町はお前がいなくてももうやっていけるよ。漁師も来た。食料もある。お前が三年間守ってくれたおかげだ」


「……ばあちゃん」


「胸を張って行きな。お前はもう十分やった」


 ノアがイルマに抱きついた。小さな老婆を、ぎゅっと。


「ありがとう。あたしがボロボロで来たとき、何も聞かずにご飯くれて」


「当たり前のことをしただけだよ」


「……それ、カインと同じこと言うね」


 イルマが笑った。ノアも笑った。


―――――


 馬に乗った。


 問題が発生した。


 ノアは俺の後ろに乗る。腰に手を回す。背中にくっつく。


 昨日までは何でもなかった。


 今は全然何でもなくない。


 ノアが後ろに跨がった。距離があった。いつもよりずっと離れていた。腰に手を回すのに時間がかかった。


「……掴まれ。落ちるぞ」


「わ、わかってる」


 ノアの手が俺の腰に回った。力が弱かった。


「もっとちゃんと掴まれ」


「これでいい」


「落ちるって」


「落ちない」


 馬が走り出した。揺れた。ノアの身体が後ろにずれた。


「わっ——」


 反射的にしがみついた。背中に顔が押しつけられた。


「……ごめん」


「いいから掴まってろ」


「……うん」


 ノアの額が俺の背中に当たっていた。熱かった。


―――――


 しばらく走って、ノアが口を開いた。


「……ねえ」


「ん」


「さっきのこと……怒ってない?」


「怒ってない」


「……引いてない?」


「引いてない」


「……困ってる?」


「……正直、困ってる」


「あはは。だよね」


 ノアが俺の背中に額を押しつけたまま笑った。震えていた。笑っているのか泣いているのかわからなかった。


「返事はいらないって言ったでしょ。だから困らなくていいよ」


「でも——」


「あたしが勝手に好きなだけだから。カインは何も悪くない」


「……」


「ただ隣にいさせてくれればいい。それだけで十分」


 俺は何も言えなかった。


 ノアの手が、少しだけ力を強めた。俺の腰を掴む手。


 それ以上は何も言わなかった。二人とも。


 馬の蹄の音だけが、壁の内側の道に響いていた。


―――――


 途中で休憩した。木陰で水を飲んだ。


「ノア。王都に住むって決めたんだな」


「うん。お父さんとお母さんがそうしたいって」


「ノア自身はどうなんだ。ナーヴェルを離れて寂しくないのか」


「……寂しいよ。三年間いた場所だから。でも」


 ノアが水筒の水を見ていた。


「ナーヴェルはもう大丈夫。漁師が来て、イルマばあちゃんも元気で。あたしがいなくてもやっていける」


「ああ」


「それに——あたしもカインのそばにいたい」


 さらっと言った。でも耳が赤かった。


「……お父さんとお母さんは何て言ってた」


 ノアが少し笑った。


「お母さんが『魔王様を狙うなんてすごい娘ね』って笑ってた」


「……バレてるのか」


「バレバレだって。お父さんは『魔王様なら安心だ』って言ってた。どういう意味かわかんないけど」


「……どういう意味だろうな」


「わかんない。でも二人とも嬉しそうだった。あたしが誰かを好きになったのが初めてだから」


 ノアが空を見上げた。青い空。白い雲。


「お母さんが言ってた。好きな人がいるだけで、毎日が全然違うって。お母さんはお父さんのことをずっと好きだったから。あの場所にいても、お父さんがいたから生きていられたって」


「……」


「あたしもそう。カインがいるから、毎日が楽しい。それだけでいい」


 ノアが立ち上がった。スカートの砂を払った。


「行こう。早く帰らないと、シアちゃんが怖い顔して待ってるよ」


「……それは確かに怖い」


「でしょ」


 ノアが笑った。本物の笑顔だった。太陽みたいだけど、前とは違う。恋をしている太陽だった。


―――――


 王都が見えた。


 丘の上にガラスの窓が光っている。街灯が並んでいる。畑が広がっている。煙が上がっている。


 門の前に、人影が四つあった。


 シア。リーナ。レナ。ノアの両親。


 シアが腕を組んで立っていた。真白のショートボブが風に揺れている。銀色の瞳が、こちらを見ていた。


「おかえり」


「ただいま」


 シアの目が俺を見た。それからノアを見た。ノアの顔を。耳を。首を。


「……何かあったか」


「何も——」


「ノア。何かあったか」


 ノアがびくっとした。


「な、何もないよ! 全然! 普通にナーヴェルの視察して帰ってきただけ!」


 シアの目が細くなった。


 レナが後ろでにやにやしていた。全部察している顔だった。


 リーナが微笑んでいた。優しい微笑み。でもどこか切ない微笑み。


 ノアの両親が手を振っていた。父親が「おかえり、ノア」と言った。母親がノアを見て、俺を見て、小さく笑った。


 あの笑い方、ノアに似ていた。


「……カイン」


 シアが小さく言った。


「ん」


「あとで話がある」


「……はい」


 怖かった。


 二百六十人以上を転移させるより怖かった。

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