■ 第66話「全員分」
翌朝、ドルクの工房に行った。
シアに言われた通り、全員分のペンダントを買いに来た。
「魔王様! まとめ買いですか!」ドルクが目を輝かせた。
「四つください。全部違う色で」
「お任せを!」
ドルクが棚から出してきた。
銀色のガラス。光を受けると白く揺れる。シアの髪の色に近い。
薄緑のガラス。草色の光が揺れる。リーナの瞳の色。
琥珀色のガラス。温かい光。レナの雰囲気。
そして——水色のガラス。昨日ノアに渡したのと同じ色。
「あ、水色はもう渡したから三つでいいです」
「了解です!」
三つ買った。
―――――
リーナに渡した。
「カインさん、これ……」
「みんなに配ってるんだ。ドルクのガラス工芸、綺麗だろ」
リーナが薄緑のペンダントを手に取った。光にかざした。草色の光が揺れた。
「……私の目の色と同じ……」
「あ、たまたま——」
「たまたまじゃないですよね」
リーナが俺を見た。草色の瞳が、いつもより真っ直ぐだった。
「……ありがとうございます。大切にします」
リーナはペンダントを胸に当てて、花が咲くみたいに笑った。
―――――
レナに渡した。
「おっ、あたしにも? やった」
「琥珀色。レナっぽいかなと思って」
「あたしっぽい? どういう意味」
「温かい感じ」
レナが少し目を丸くした。それから笑った。
「カイン、そういうこと言うからモテるんだよ」
「モテてないけど」
「モテてるよ。本人が気づいてないだけで」
レナはペンダントを首にかけた。琥珀のガラスが、明るい茶色の髪に映えていた。
「サンキュ。——でもノアちゃんには内緒にしとくね」
「何で」
「何でって……ほんと鈍いな」
―――――
シアに渡した。
執務室で一人で術式書を読んでいたシアの前に、銀色のペンダントを置いた。
シアが術式書から目を上げた。ペンダントを見た。
「……銀」
「シアの髪の色に近かったから」
シアが少し黙った。
ペンダントを手に取った。光にかざした。白い光が揺れた。真白の髪に溶け込むような色だった。
「……昨日、全員分買えと言ったのは私だ」
「ああ」
「だから素直に喜べない」
「喜ばなくていいよ。似合うと思っただけだ」
シアがペンダントを握りしめた。小さな拳。
「……ありがとう」
小さい声だった。耳が赤かった。
「つけないのか」
「……一人のときにつける」
「なんで」
「うるさい」
―――――
午後、ノアに会った。
ノアが俺の顔を見た瞬間、目がペンダントの方に行った。俺の胸元じゃなく、俺の手に。何も持っていないことを確認して、少しほっとした顔をした。
——が。
リーナの首に薄緑のペンダントがあった。
ノアの目が止まった。
「……リーナ、それ」
「カインさんにもらったんです」
ノアが俺を見た。深い青の瞳が、揺れていた。
「……みんなにあげたの」
「シアに全員分買えって言われて」
「……全員に」
「ああ」
ノアは少し黙った。
「……あたしだけじゃ、なかったんだ」
声が小さかった。
俺は何かまずいことをした気がした。でも何がまずいかわからなかった。
「ノア?」
「なんでもない! 全然なんでもない! みんなお揃いだね! いいじゃん!」
太陽みたいな笑顔。でも少しだけ——ほんの少しだけ、目が笑っていなかった。
ノアは手を振ってどこかに行ってしまった。
リーナが隣で小さく言った。
「……カインさん」
「ん」
「ノアちゃん、悲しかったんだと思います」
「なんで?」
「自分だけが特別だと思っていたのに、みんなにも配っていたから」
「……そういうものなのか」
「そういうものです」
リーナは少し微笑んだ。でもその微笑みにも、何か複雑なものが混じっていた。
―――――
夕方、ノアを探した。
いた。港への街道が見える丘の上。一人で座っていた。膝を抱えて。
水色のペンダントが胸元で揺れていた。
「ノア」
「……あ、カイン」
笑顔。でも目がまだ少し曇っていた。
「隣、いいか」
「うん」
隣に座った。夕日が見えた。
「怒ってるか」
「怒ってない」
「嘘だろ」
「嘘じゃない。……ちょっとだけ、寂しかっただけ」
「ごめん。シアに言われて全員分買ったんだ。お前だけ特別扱いしたら不公平だろうと思って」
ノアが俺を見た。
「……でもあたしが最初だった?」
「最初だった」
「あたしの髪の色で選んでくれた?」
「ああ」
「みんなのも、それぞれの色を選んだ?」
「……ああ」
「じゃあ全員に同じ気持ちで選んだの?」
俺は少し考えた。
「……同じかどうかはわからない。でもノアのは、ノアを見て選んだ。みんなのも、それぞれを見て選んだ。同じものは一つもない」
ノアが少し黙った。
それから、少し笑った。前より本物に近い笑顔。
「……ずるいな、カインは。そう言われたら怒れない」
「怒ってたのか」
「怒ってない! 寂しかっただけ!」
「ごめん」
「謝らなくていい。……あたしが勝手に期待しただけだから」
ノアがペンダントを指で触った。水色のガラスが夕日を受けて光った。
「……でもこれ、あたしの宝物だから。全員分配ったとか関係ない。カインが最初にあたしにくれた。それだけでいい」
「……そうか」
「うん。そうなの」
ノアが膝を抱えたまま、夕日を見ていた。水色のショートボブが風に揺れていた。小麦色の頬が夕日に染まっていた。
綺麗だな、と思った。
思っただけだ。口には出さなかった。
でもノアがちらっと俺を見て、すぐに顔をそらした。
「……何」
「何も言ってないけど」
「顔に出てた」
「何が」
「……なんでもない」
ノアの耳が赤かった。




