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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第7章

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■ 第65話「ノアの変化」

 ノアが変わった。


 最初は気づかなかった。


―――――


 朝、広場を歩いていたら、ノアが走ってきた。


「カイン! おはよう!」


「おはよう」


 いつもの元気なノア。太陽みたいな笑顔。でも今は本物の方だ。


「今日何するの?」


「灯火の点検と、壁の拡張計画をグラザードと——」


「あたしも行っていい?」


「別にいいけど、つまらないぞ」


「つまんなくない! カインがいるなら楽しい!」


 ……なんだ今のは。


 ノアは笑ってそのまま隣を歩き始めた。距離が近い。肩が触れそうだった。


―――――


 執務室でグラザードと打ち合わせをしていた。ノアは隅の椅子に座って待っていた。


 地図を広げて壁の拡張計画を話し合っている間、ノアはずっと俺の方を見ていた。


 気づいた。


 ノアの目が、前と違う。


 前は俺を見るとき、感謝の目だった。信頼の目だった。約束を守ってくれた人を見る目だった。


 今のノアの目は——何か違う。目が合うと、ぱっと逸らす。でもすぐにまた見てくる。頬が少し赤い。


「ノア、暑いのか」


「え!? 暑くない! 全然!」


「顔赤いけど」


「赤くない!」


 グラザードが地図から目を上げて、ノアを見て、俺を見て、また地図に戻した。何も言わなかった。でも口元が微かに動いた。笑ったのか。


―――――


 昼、リーナと一緒に食堂にいたら、ノアが来た。


「ここ空いてる?」


 俺の隣を指していた。リーナの隣じゃなく、俺の隣。


「空いてるよ」


 ノアが座った。近かった。肘が触れた。


「あ、ごめん」ノアが慌てて少しずれた。


「気にしなくていいよ」


「う、うん」


 リーナが向かい側で微笑んでいた。草色の瞳が優しかった。


「ノアちゃん、今日はカインさんとずっと一緒にいるんですね」


「べ、別にたまたまだよ!」


「そうですか? 朝も一緒でしたよね」


「たまたまが二回続いただけ!」


「ふふ」


 リーナは笑っていた。全部わかっている顔だった。


 俺だけがわかっていなかった。


―――――


 午後、ノアが剣の練習をしていた。


 訓練場の端で、一人で素振りをしていた。レナに教わった型を繰り返している。


 水色のショートボブが汗で額に張り付いていた。小麦色の肌に汗が光っていた。真剣な顔だった。普段の元気なノアとは全然違う顔。


「上手くなったな」


 声をかけたら、ノアが剣を取り落とした。


「か、カイン!? いつからいたの!?」


「今来たところだけど」


「見てた!?」


「見てたけど」


 ノアの顔が真っ赤になった。


「汗だくだし……髪ぐちゃぐちゃだし……こんなの見ないでよ……」


「何を気にしてるんだ。いつも元気に走り回ってるだろ」


「それとこれは違うの!」


 何が違うんだ。


 ノアが慌てて髪を整えていた。汗を袖で拭いていた。


 レナが訓練場の向こう側から見ていた。にやにやしていた。


「カイン」レナが近づいてきて小声で言った。「あんた本当に鈍いね」


「何が」


「何がじゃないよ」


 レナはそれだけ言って、笑いながら去っていった。


―――――


 【ノア】


 ノアは自分でも困っていた。


 いつからだろう。カインの顔を見ると胸がどきどきするようになった。


 灯台の上で泣いたときからかもしれない。海が蘇ったときからかもしれない。両親を連れ帰ってくれたときからかもしれない。


 全部かもしれない。


 カインは約束を守った。全部。一つ残らず。


 海を変えると言って変えた。父さんと母さんを取り戻すと言って取り戻した。二百六十人以上を一人も残さず連れ帰った。


 ——そんな人を好きにならないわけがないだろう。


 でも困る。


 カインの隣にいると顔が熱くなる。目が合うと心臓が跳ねる。声をかけられると剣を落とす。


 最悪だ。全然かっこよくない。強い戦士になりたいのに、好きな人の前だとポンコツになる。


 シアちゃんを見ろ。いつも無表情で、冷静で、かっこいい。あんな風になりたい。


 ——でもシアちゃんも、カインの前だと耳が赤くなってるのをノアは知っていた。


 同じじゃん。


 みんなカインの前だとだめになるんだ。あの男のせいだ。


―――――


 夕方、ガラスの通りを歩いていた。


 ドルクの工房の前で立ち止まった。窓に息吹石入りのガラスのアクセサリーが並んでいた。小さなペンダント。光を受けると黄色と紫がうねるように光る。


「……きれい」


 ノアがじっと見ていた。


「ほしいのか」


「えっ! い、いらない! 別に!」


「目が釘付けだったけど」


「見てただけ! 見てただけだから!」


 俺はドルクの工房に入った。ノアが「え、ちょっと、何してるの」と慌てていた。


 ペンダントを一つ買った。小さな水色のガラス。ノアの髪と同じ色だった。光を受けると、息吹石の黄色と紫がうねる。


 店の外でノアに渡した。


「やる」


 ノアが固まった。


 深い青の瞳が、ペンダントと俺の顔を何往復もした。


「……え」


「両親を取り戻すって約束を守った記念だ」


「記念……」


「嫌なら——」


「嫌じゃない!!」


 ノアがペンダントを両手で受け取った。小麦色の手が震えていた。


「……ありがとう」


 声が小さかった。いつもの太陽みたいな声じゃなかった。


 ノアが俯いていた。耳が赤かった。首まで赤かった。


「つ、つける……」


 ノアがペンダントを首にかけた。水色のガラスが、小麦色の胸元に揺れた。


「……似合ってる」


 ノアが顔を上げた。目が潤んでいた。泣いてはいない。でも潤んでいた。


「……カインは、ずるい」


「え?」


「こういうことするから……こういうことするから、好きに——」


 ノアが口を押さえた。目が見開かれていた。自分で自分の言葉に驚いていた。


「——なんでもない!! 今の忘れて!! 絶対忘れて!!」


 ノアは走って逃げた。裸足じゃなかった。茶色のブーツの音が石畳に響いた。


 俺はその場に立ったまま、首を傾げた。


 好きに——なんだ。好きに、なった? 好きに、なりそう?


 ……何の話だ。


―――――


 【ノア】


 ノアは角を曲がったところで立ち止まった。壁に背中をつけて、ずるずるとしゃがみ込んだ。


 顔が熱い。心臓がうるさい。死にそう。


 ペンダントを握りしめた。水色のガラス。カインがくれた。自分の髪と同じ色。


「……言いかけた。好きって言いかけた。最悪。死にたい」


 でも嫌じゃなかった。ペンダントが嬉しかった。カインが選んでくれた。自分の髪の色と同じものを。


 ——気づいてないんだろうな、あの人。自分がどれだけ罪なことしてるか。


 ノアはペンダントを胸に当てた。温かかった。息吹石の温もり。


「……好き」


 小さく呟いた。誰にも聞こえない声で。


 壁の向こうでレナの声がした。


「聞こえてるよー」


「!!!!」


 ノアは立ち上がって走った。今度こそ全力で。


 レナの笑い声が後ろから聞こえた。


―――――


 夜、シアが俺の部屋に来た。


 術式書を持っていた。いつもの。


「カイン」


「ん」


「ノアにペンダントを買ったらしいな」


「記念に」


「記念」


「約束を守った記念だ」


 シアは少し黙った。


「……リーナにはトーラで何か買ったか」


「いや」


「レナには」


「いや」


「私には」


「……いや」


 シアの目が細くなった。


「……ノアにだけ買ったのか」


「あ」


「あ、じゃない」


 シアは術式書を俺の顔の前に突きつけた。


「明日。ガラスの通りに行く。全員分買え」


「全員分?」


「全員分」


 シアはくるりと踵を返して去っていった。


 足音がいつもより少し強かった。


 ……怒ってる?


 怒ってるな。


 明日、全員分買おう。

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