■ 第63話「それぞれの朝」
一週間が経った。
二百六十人以上が、動き始めていた。
―――――
最初に動いたのは鍛冶師だった。
五十代くらいの見た目の男。名前はバルド。奴隷施設で兵士の武器を修繕させられていたらしい。腕は確かだった。
王都の空き地に、即席の炉を組み上げた。レンガを積んで、ふいごを作って、二日で鍛冶場を立ち上げた。
「道具がねえ。何もかも足りねえ。だが手はある。腕もある。作るさ。一からな」
バルドが鉄を叩く音が、朝から晩まで響いた。
カンカンカン。カンカンカン。
近くを通る者が足を止めた。その音を聞いて、別の男が来た。
「俺も鍛冶だ。手伝わせてくれ」
二人になった。三人になった。一週間で五人の鍛冶師が炉の前に立っていた。
農具を打った。鍬、鋤、鎌。畑を作るための道具。
―――――
畑を耕す者がいた。
王都の外れ。壁の内側。命の灯火のおかげで息吹が濃い土地。
老人と、若い女性と、十代の少年が、三人で鍬を振っていた。
「肥えてるな、この土」老人が土を握って匂いを嗅いだ。「息吹が染み込んでる。何でも育つぞ、これは」
「何を植えましょう」女性が聞いた。
「麦だ。まず麦。話はそれからだ」
三人が黙々と鍬を振った。
翌日には十人に増えていた。その翌日には二十人。
解放された者たちの中に、農民が多かった。奴隷になる前は畑を耕していた者たち。何十年ぶりかの、自分の畑。
種を蒔いた日、老人が土の前で膝をついた。
「……自分の畑だ。自分で蒔いた種だ」
涙を拭って、立ち上がって、また鍬を振った。
―――――
裁縫を始めた女性たちがいた。
ミルの店に押しかけてきた。
「針と糸を貸してくれ。布もあるだけ」
「いいけど、何を縫うの?」
「服だ。みんなまだ借り物を着てる。自分の服を自分で作りたいんだ」
ミルの店の奥で、五人の女性が車座になって縫い始めた。手が速かった。奴隷施設で兵士の衣服を繕わされていた技術だ。
三日で二十着縫い上げた。解放された子どもたちの分から。
「子どもが先だよ」年長の女性が言った。「大人は後でいい」
ミルが目を丸くしていた。
「あたしより速い……」
「こっちは命懸けで縫ってたからね。遅いと殴られた」
笑っていた。軽い口調だった。でもその言葉の重さを、ミルは黙って受け止めていた。
―――――
漁師がいた。
七人。ナーヴェルの海を知っている者はいなかったが、海を知っている者たちだった。奴隷になる前、別の港町で漁をしていた。
グラザードに申し出た。
「ナーヴェルに行きたい。海がある場所で漁がしたい」
「自由だ。好きな集落に行っていい」
七人がナーヴェルに向けて出発した。壁で守られた安全な街道を通って。
イルマ長老に手紙を持たせた。「漁師を七人送る。船を作る手伝いもさせてほしい」
彼らが出発する朝、ノアが見送りに来た。
「ナーヴェル、いいところだよ。海が綺麗で、魚がいっぱいいて。イルマばあちゃんが優しいから、安心して」
漁師の一人がノアを見た。
「お嬢ちゃんが、あの町を守ってたんだってな」
「守ってないよ。あたしはただ——」
「聞いてるよ。三年間、一人で」
ノアが少し黙った。
「……もう一人じゃないから。よろしくね」
漁師が笑った。「任せとけ」
―――――
帰りたがる者もいた。
元の集落に。自分が捕まる前にいた場所に。
イルガに帰る者が十二人。トーラに帰る者が八人。まだ灯火が届いていない集落に帰りたいと言う者もいた。
「あそこにはまだ壁がない。安全とは言えない」グラザードが説明した。
「わかってる。でも俺の生まれた場所だ。帰りたいんだ」
グラザードは少し黙って、頷いた。
「止めはしない。だが灯火を届けるまで、気をつけろ。護衛をつける」
「ありがたい」
それぞれの集落に向かって、少しずつ人が旅立っていった。
全員が選んでいた。自分で。自分の足で行く場所を。自分の手でやる仕事を。
誰にも命令されていない。誰にも強制されていない。
自由だった。
―――――
王都に残った者たちは、それぞれの場所を見つけ始めていた。
バルドの鍛冶場で働く者。畑を耕す者。ガラの薬屋で手伝う者。ドルクの工房に弟子入りした者。ソルスの下で建築を学ぶ者。
ガラスの通りに新しい店が一つ増えた。解放された女性が開いたパン屋だった。奴隷施設で兵士のパンを焼かされていた。その腕で、今度は自分のパンを焼いている。
開店の日、長い列ができた。
焼きたてのパンの匂いが通りに広がった。
「……美味い」
食べた者が言った。
「そりゃそうだよ。自由に焼いたパンだもん」
女性が笑った。本物の笑顔で。




