表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/85

■ 第51話「ナーヴェル」

 ノアに引っ張られて、町の中を進んだ。


「こっちこっち! 長老のところに連れてく!」


 ノアが走る。裸足で石畳を。水色のショートボブが海風に揺れる。小麦色の肌が午後の陽を受けて光っていた。


 通りを歩くと、窓が少しずつ開いた。


 ノアが叫んだ。


「みんな! 大丈夫! 魔族だよ! 角あるよ! 王都から来たって!」


 一つ、また一つ、扉が開いた。


 最初に出てきたのは老人だった。杖をつきながら、俺を見た。角を見た。白銀の髪を見た。


「……本当に、魔族か」


「ヴェルダーク王都から来た。カインだ」


 老人の目が潤んだ。何か言おうとして、言葉にならなかった。


 その後ろから、女性が出てきた。子どもを抱えていた。子どもが俺を見て怯えた。人間だと思ったんだろう。角を見て、少しだけ顔が緩んだ。


 ぽつぽつと、人が出てきた。


 少なかった。


 全部で——三十人もいなかった。


「これが全員か」


 ノアの笑顔が、一瞬だけ消えた。すぐに戻った。


「うん。全員」


―――――


 長老の家に案内された。


 港を見下ろす高台の、一番大きな建物。大きいといっても、王都の民家と変わらないくらいだった。


 長老は老婆だった。名前はイルマ。背中が曲がって、杖なしでは歩けない。でも目だけは鋭かった。


「王都から……本当に来たのか」


「はい。灯火を届けに来ました。この町に息吹を戻します」


 イルマの手が震えた。杖を握る手が。


「……五年だ。五年間、誰も来なかった」


「申し訳ない。もっと早く来るべきだった」


「謝るな。来てくれただけでいい」


 イルマは窓の外を見た。港が見える。崩れた桟橋。空っぽの海。


「この町は百年前、魔族領で一番の港だった。船が百隻あった。魚が山ほど獲れた。市場は毎日賑わっていた」


「今は」


「船はゼロだ。人間に全部焼かれた。港も壊された。海に出る術がない。畑も枯れた。息吹が足りなくて作物が育たない。海の幸も獲れない。食うものがない」


「どうやって生き延びてきたんですか」


「海岸で貝を拾って、岩場の海藻を取って。それだけだ。五年前の子どもが十人いた。今は三人しか残っていない」


 リーナが息を飲んだ。レナが唇を噛んだ。シアは無表情だったが、拳が握られていた。


「残りの七人は」


「餓死した子が二人。病気が三人。残りの二人は……人間に連れ去られた」


 空気が凍った。


「連れ去られた?」


「五年前だ。人間の兵が来た。小規模の部隊だった。町を荒らして、若い者を二人連れていった。それ以来、みんな外に出られなくなった」


 イルマの目がノアを見た。


「あの子だけが外に出る。見張りをしてくれている。あの子が来てから、三年間」


「三年……ノアはここに三年いるのか」


「ああ。三年前にふらりと現れた。ボロボロだった。傷だらけで、痩せ細って、裸足で。でも笑っていた。ここに置いてくれと言った。何でもするからと」


 イルマの目が、また窓の外に向いた。


「あの子は自分の過去を話さない。聞いても笑って誤魔化す。でも——あの子の身体を見れば、どんな目に遭ってきたかは想像がつく」


 俺は黙った。


「あの子がいなかったら、この町はもう終わっていた。見張りも、貝拾いも、子どもの世話も、全部あの子がやっている。十六歳の子どもが、三十人の町を一人で支えている」


―――――


 町を歩いた。ノアが案内してくれた。


「ここが市場だったところ! 今は何もないけど!」


 石の台が並んでいた。何も乗っていない。


「ここが造船所! 船は全部なくなったけど、道具は残ってるよ!」


 木の骨組みが一つだけ残っていた。朽ちかけていた。


「ここが灯台! もう灯りはつかないけど、上から見る海は最高だよ!」


 ノアはどこを案内しても「今は何もないけど」と言った。でも笑っていた。ずっと笑っていた。


 リーナがノアの隣を歩いていた。金色の髪と水色の髪が並んでいた。


「ノアちゃん、いつもこうやって案内してるの?」


「案内? お客さんなんて来ないよ。五年ぶりだもん」


「じゃあ今日が初めての案内?」


「うん! だから張り切ってる!」


 リーナが少し笑った。でも草色の瞳が、ノアの裸足を見ていた。


 レナが俺の横で小声で言った。


「カイン。あの子、剣の持ち方が独学じゃない」


「気づいたか」


「屋根から飛び降りたときの着地も。訓練を受けてる。それもかなり本格的に」


「どこで」


「わからない。でもあの身のこなしは素人じゃない」


 シアが横から言った。


「イルマが言っていた。三年前にボロボロで来たと。傷だらけで。その前に、どこかで戦闘訓練を受けていた可能性がある」


「奴隷として、か」


 シアが俺を見た。


「何か知ってるのか」


「……まだわからない。でも引っかかることがある」


―――――


 夕方、灯台の上に登った。


 ノアが「ここが一番いいんだ」と連れてきてくれた。


 海が見えた。


 夕日が海に沈んでいく。水平線がオレンジに染まって、海面が金色に光っている。


「……すごいな」


「でしょ」


 ノアが隣に座っていた。小麦色の肌が夕日に染まっている。深い青の瞳に、金色の海が映っていた。


 笑っていなかった。


 初めて見た。ノアが笑っていない顔。


 静かだった。海を見ていた。風が水色の髪を揺らしていた。


「ノア」


「ん」


「ここ、好きか」


「好き。ここが一番静かだから」


 静かな場所が好き。元気で明るいノアが、静かな場所が好き。


「一人でよく来るの」


「うん。みんなが寝た後に。ここに来て、海を見てる」


「何を考えてるんだ」


 ノアが少し間を置いた。深い青の瞳が、沈んでいく夕日を見ていた。


「……何も」


 嘘だった。何かを考えている。でも言わない。笑って誤魔化さなかった。ただ「何も」と言った。


 俺はそれ以上聞かなかった。


「明日、灯火を作る。この町に息吹を満たす」


「……本当に?」


「本当だ」


「息吹が戻ったら……海も変わる?」


「変わる。魚が戻る。海藻が育つ。貝ももっと獲れるようになる」


 ノアが俺を見た。


 深い青の瞳が、夕日の金色を映したまま、俺の碧い瞳を見ていた。


「……あんた、本当にそれができるの」


 声が違った。元気じゃない。明るくない。静かで、真剣で、少しだけ震えていた。


「できる」


「嘘じゃない?」


「嘘じゃない」


「期待していい?」


「していい」


 ノアが少し黙った。


 夕日が半分沈んだ。


「……ありがとう」


 小さい声だった。


 ノアの目が少し赤くなっていた。泣いてはいなかった。でも赤かった。


 すぐに顔が変わった。ぱっと笑顔になった。太陽みたいに。


「よし! じゃあ明日楽しみにしてる! 今日は寝る場所用意するね! あたしの秘密の特等席があるんだ!」


 ノアは立ち上がって、灯台の階段を駆け下りていった。裸足の音が、石の階段に響いた。


 俺は一人で海を見ていた。


 夕日が沈んだ。水平線が紫に染まっていく。


 ——あの子は、本当の自分を一瞬だけ見せた。


 静かで、真剣で、少し震えていた。あれが本当のノアだ。太陽みたいな笑顔の下にいる、本当のノア。


 シアが灯台の入り口に立っていた。いつから来ていたのかわからない。


「聞いてたか」


「途中から」


「どう思う」


 シアは少し間を置いた。


「……あの子は、嘘の笑顔が上手すぎる」


「ああ」


「上手すぎる人間は——笑わなきゃいけなかった人間だ」


 シアの銀色の瞳が、ノアが消えた階段を見ていた。


「明日、灯火を作ろう。あの子に本物の笑顔を見せてやりたい」


 俺は頷いた。


「ああ。明日、この海を変える」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ