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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第6章

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■ 第48話「魔王祭」

 帰還から三日後、シアが言った。


「買い物に行きたい」


 朝食の席だった。パンを噛んでいた俺の手が止まった。


 シアが。あのシアが。買い物。


「……買い物?」


「ドレス屋ができたと聞いた。服屋も。見に行きたい」


 シアの銀色の瞳が、真剣だった。術式の話をするときと同じ目だった。


「行けばいいだろ。俺に言わなくても」


「リーナも誘う。レナも」


「俺には関係な——」


「カインも来い。あなたもずっと同じ服を着ている」


 確かに。魔族の集落に来てからずっと同じ服だった。もらった服をローテーションしてるだけだ。


「……わかった」


―――――


 四人でガラスの通りを歩いた。


 リーナが目を輝かせていた。


 金色の髪が肩で揺れている。肩より少し長めの、さらさらのストレート。草色の瞳がきょろきょろと店を見ている。白い修道服はトーラから帰ってきてからずっと同じものだ。柔らかくて優しい顔立ち。笑うと目が細くなって、草色の瞳が三日月みたいになる。身体は細くてしなやかで、シアやルティアと同じくらいの背丈だ。


「すごい……こんなにお店があるんですね……!」


 リーナは一つ一つの窓を覗き込んでいた。宝石店で立ち止まって、ドレス屋で立ち止まって、雑貨屋で立ち止まって。全部の店で立ち止まっていた。


「リーナ、先に進もう」


「あ、すみません……でもあの紫の石、きれい……」


 レナが欠伸をしながら言った。


「リーナちゃん、あとで買えばいいよ。まず服見ようよ」


「そうですね!」


 シアは黙って歩いていたが、ドレス屋のガラス窓に映った自分をちらっと見ていた。白い装束、真白の髪。いつもと同じ姿。


 何か考えている顔だった。


―――――


 服屋に入った。


 ミルが店番をしていた。


「魔王様! シアちゃん! リーナちゃん! いらっしゃい!!」


 うるさい。でもミルはいつもこうだ。


「今日は何を——あ、もしかして私服!? ついに!?」


「見るだけだ」シアが言った。


「見るだけって言う人が一番買うんだよね」ミルがにやにやしていた。


 女性陣が店の奥に消えていった。俺は店の入り口で待っていた。


 しばらくして、レナが最初に出てきた。


「どう?」


 いつもの鎧じゃなく、茶色の革ベストに黒のズボン。動きやすそうだった。胸元が少し開いている。


「レナらしいな」


「でしょ」


 次にリーナが出てきた。


「えっと……変じゃないですか……?」


 淡い青のワンピースだった。白い修道服を脱いだリーナを初めて見た。肩が出ていた。鎖骨が見えていた。金色の髪が、青い布の上で光っていた。


 ……綺麗だな。普通に。


「変じゃない。似合ってる」


 リーナの顔が赤くなった。「ほ、本当ですか……」


 レナが「かわいー」と叫んでいた。ミルが「買って買って」と煽っていた。


 そして——シアが出てきた。


 黒いワンピースだった。シンプルな、飾りのない黒。真白のショートボブと白い肌に、黒が映えていた。いつもの白い装束とは全く違う印象だった。


 小柄な身体のラインが、初めてはっきり見えた。


 シアは俺を見た。無表情だった。でも耳が赤かった。


「……どうだ」


「似合う」


「……そうか」


 シアはそれだけ言って、試着室に戻った。


 ミルが俺の横に来て小声で言った。「シアちゃん、三十分くらい迷ってあれ選んだんだよ」


 三十分。シアが服を選ぶのに三十分。


 俺も着替えた。黒の上衣に濃紺のズボン。革のベルト。今まで着たことのない色だった。


 鏡を見た。白銀の髪に黒い服。水色の角がちらっと見えている。


「おおー」レナが声を上げた。「イケメン度上がった」


「元からだろ」


「自覚あるんだ」


 ないけど。


 リーナが俺の顔をじっと見ていた。


「……カインさん」


「ん」


「一年経ったのに、全然変わってないですね。顔も、体型も。出会った頃と全く同じです」


 言われて気づいた。確かにそうだ。一年前と鏡の中の顔が同じだ。


 シアが横から言った。


「角が生えてから、カインの身体は魔族の体質に変わっている。見た目の老化が止まっているんだろう。魔族と同じように」


「つまり俺、このままってことか」


「百五十歳くらいまでは。たぶん」


 リーナの草色の瞳が、一瞬だけ揺れた。すぐに笑顔に戻った。


「ずっとかっこいいままですね」


「……そうか?」


「はい」


 リーナは笑っていた。でも俺は気づいた。リーナは人間だ。リーナだけが、普通に歳を取る。


 ——考えるのはやめた。今はそういう夜じゃない。


―――――


 その日の夕方、グラザードが執務室に来た。


「カイン殿。一つ相談がある」


「何ですか」


「魔王祭を開きたい」


「魔王祭?」


「魔王が誕生したときに開く祝祭だ。本来はすぐにやるものだが、戦いが続いて時期を逃していた。街がこれだけ発展した今なら、盛大にやれる」


「パーティーか」


「パーティーだ。街全体で。民全員で。飲んで、食って、踊って、騒ぐ」


 グラザードの目が、珍しく楽しそうだった。


「やりましょう」


―――――


 三日後の夜。


 ヴェルダークが光に包まれた。


 ガラスの通りに灯りが並んでいた。息吹の核を小さく削って作った灯篭が、道の両側に等間隔で置かれている。白と紫の柔らかい光が、ガラスの窓に反射して、通り全体が幻想的に輝いていた。


 広場の中央に長テーブルが何列も並んでいた。肉が焼ける匂い。パンの山。果物。チーズ。そして酒。大量の酒。


 民が全員いた。兵士も、職人も、老人も、子どもも。全員が広場に集まっていた。


 テオが走り回っていた。「パーティーだ! パーティーだ!」と叫んでいた。


 ガラが「うるさい」と言いながら薬草茶を淹れていた。ナーシャがその横で酒を注いでいた。


 ムルトゥスが椅子に座って、穏やかに笑っていた。


 ソルスが「飲みすぎるなよ」とミルに言っていた。ミルは既に一杯目を飲み終えていた。


 俺は新しい黒い服を着ていた。シアが黒いワンピースを着ていた。リーナが青いワンピースを着ていた。レナが革ベストを着ていた。


 全員が、いつもと違う格好で、いつもと違う顔をしていた。


 グラザードが広場の中央に立った。


「民よ。今夜は魔王祭だ」


 歓声が上がった。


「本来なら魔王誕生の日に開くべきだった。だが戦が続き、時期を逃していた。——今日、やっと開ける」


 グラザードは俺を見た。


「魔王カイン・アーヴェル。壁を作り、水を取り戻し、川を蘇らせ、街を蘇らせた。二千の軍勢を一人で退けた。この男がいなければ、今夜のこの光景はなかった」


 民が静かに聞いていた。


「今夜は飲め。食え。踊れ。笑え。百年ぶりに——安心して騒げ」


 歓声が、夜空に弾けた。


―――――


 魔族は酒に強かった。


 十歳からもう飲んでいるらしい。テオが「俺はまだ飲めないけど!」と不満そうだった。あと三年だ。待て。


 レナが最初に潰れると思っていたが、レナは底なしだった。五杯飲んでも全く変わらない。「魔族なめんな」と笑っていた。


 グラザードは三杯目で顔が赤くなった。


 五杯目で、異変が起きた。


「カイン殿……」


 グラザードが俺の横に座った。目が潤んでいた。


「こんなパーティーを……安心して開けるのは……」


 声が震えていた。


「絶対に襲撃が来ないと……安心できるのは……」


 涙が、グラザードの頬を伝った。


「あなたの……おかげです……」


 泣いていた。二十三年間、総司令として魔族の衰退を見続けてきた男が。鬼の顔で軍議を仕切っていた男が。酒で涙腺が壊れて、大泣きしていた。


「二十三年……二十三年間、一日も安心できなかった……夜中に報告が来るたびに、次はどこが襲われたかと……民が何人死んだかと……」


 グラザードの大きな手が、俺の腕を掴んだ。


「今夜は……見張りが一人もいない……全員が酒を飲んでいる……こんな夜は……二十三年で初めてだ……」


 俺は何も言えなかった。


 グラザードの肩を叩いた。それしかできなかった。


「……ありがとうございます、グラザード。あなたが二十三年守ったから、今夜がある」


 グラザードがさらに泣いた。レナが後ろから「グラザード様かわいい」と言っていた。グラザードが「うるさい」と泣きながら怒鳴った。


―――――


 リーナが酔っていた。


 三杯目だった。魔族と違って人間は弱い。


 青いワンピースのリーナが、俺の横にすり寄ってきた。


「カインさぁん……」


 声が甘かった。普段のリーナとは全然違う。


「リーナ、大丈夫か」


「大丈夫ですよぉ……えへへ……」


 えへへ。リーナがえへへと言った。初めて聞いた。


 リーナが俺の腕にしがみついた。金色の髪がさらさらと俺の腕に触れた。草色の瞳がとろんとしていた。


「カインさんの横、あったかいです……」


「酒のせいだろ」


「酒じゃないです。カインさんがあったかいんです」


 リーナは俺の腕を離さなかった。頬を俺の肩に乗せた。


「……ここにいていいですか」


「いいけど。飲みすぎるな」


「飲みすぎてません。三杯です」


「人間には十分だろ」


「魔族の基準で言わないでください……」


 リーナはそのまま俺の肩に頬を預けて、目を細めていた。幸せそうだった。金色の髪が灯篭の光を受けて、きらきら光っていた。


―――――


 シアも酔っていた。


 五杯目だった。魔族だから強いと思っていたが、シアは小柄だった。体重に対してアルコールの量が多すぎた。


 シアが俺の前に来た。黒いワンピースのシアが。真白の髪が少し乱れていた。頬が赤い。銀色の瞳が、いつもよりぎらぎらしていた。


「カイン」


「ん」


「今日のカイン、かっこいい」


 ……何だ急に。


「黒い服、似合ってる。買ってよかった」


「シアが勧めたんだろ」


「そう。私が選んだ。私の目は正しい」


 シアは俺の隣に座った。いつもより近かった。肩が触れていた。


「シアも似合ってるよ。黒」


「……そうか」


「白い装束もいいけど、黒もいい」


 シアは少し黙った。


「……もっと言え」


「え」


「もっと褒めろ」


 シアが褒めろと言った。酔ってる。完全に酔ってる。


「えーと……髪が綺麗だ」


「いつもだ」


「肌が白くて綺麗だ」


「いつもだ」


「じゃあいつも綺麗だ」


 シアが黙った。


 耳が真っ赤だった。


「……ばか」


 シアはそれだけ言って、俺の肩に頭を預けた。


 右にリーナ。左にシア。


 両肩が塞がった。


 レナが向かい側から見ていた。にやにやしていた。


「魔王様、モテモテだねー」


「助けてくれ」


「やだ。面白いから見てる」


 テオが走ってきた。


「カイン! なんで二人にくっつかれてるの!」


「わからん」


「ずるい! 俺もくっつく!」


 テオが膝に飛び乗ってきた。


 右肩にリーナ。左肩にシア。膝にテオ。


 身動きが取れなくなった。


 ガラが遠くから見て「阿呆だね、あの人間は」と笑っていた。


 ムルトゥスが微笑んでいた。


 グラザードはまだ泣いていた。


 夜空に、灯篭の光が浮かんでいた。白と紫の優しい光。ガラスの窓に反射して、街全体がきらきらしていた。


 音楽が聞こえた。どこかで誰かが楽器を弾いている。それに合わせて歌い出す声。笑い声。杯がぶつかる音。子どもが走り回る音。


 百年ぶりの、安心できる夜。


 俺は両肩に二人の重みを感じながら、空を見上げた。


 いい夜だった。

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