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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第5章

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■ 第45話「また来る」

 トーラに来て二週間が過ぎた。


 集落は回っていた。


 見回りは交代制が定着した。修繕もほぼ終わった。畑に芽が出始めていた。ヴァルドは完全に復帰して、族長として民をまとめていた。戦士たちは毎日訓練場で汗を流している。命の灯火が脈打つたびに、森が少しずつ豊かになっていく。


 もう、俺がいなくても大丈夫だ。


 わかっていた。数日前からわかっていた。


 でも言い出せなかった。


―――――


 シアが言った。


「カイン。そろそろ帰らないと」


 朝食の席だった。リーナもレナもいた。ルティアは少し離れた場所でトーラの民と話していた。


「ヴェルダークの灯火の維持はソルスとミルに任せてあるけど、壁の拡張は止まっている。他の集落にも灯火を届けないといけない。いつまでもここにはいられない」


 正論だった。完全な正論。


「……わかってる」


「わかってるなら決めて。いつ帰るか」


「……三日後」


「明後日にして」


「三日後」


「……なぜ」


「三日後がいい」


 シアは俺を見た。少し間があった。


「……わかった。三日後」


 リーナが小さく笑った。レナは何も言わなかったけど、にやにやしていた。


―――――


 午後、リーナがルティアに声をかけた。


「ルティアさん、お茶しませんか。シアさんも一緒に」


 ルティアが振り返った。


「……また か」


「また、です」


 ルティアは少し間を置いた。


「……いいだろう」


 三人はルティアの部屋に消えていった。


 俺は呼ばれていない。今回は聞き耳を立てなかった。レナが「行かないの?」と言ったが、行かない。前回バレて痛い目を見た。


 一時間後、三人が出てきた。


 リーナはいつものにっこり。シアは無表情だけど目が少し柔らかい。


 ルティアは——顔が赤かった。


「何の話してたんだ」


「秘密」リーナが言った。


「秘密だ」シアが言った。


「……秘密だ」ルティアが言った。声が小さかった。


 三人の意見が一致していた。怖い。


―――――


 帰る前日の夜。


 ヴァルドが宴を開いてくれた。


 トーラの食堂に、民が全員集まった。ヴェルダーク組もトーラ組も入り混じって、飯を食って、酒を飲んで、笑った。


 レナがトーラの戦士と腕相撲をやっていた。三連勝した後、四人目で負けた。「今日は調子悪い」と言い訳していた。


 リーナが子どもたちに囲まれていた。「リーナ姉ちゃんまた来てね」と言われて、「絶対来るよ」と笑っていた。


 シアはトーラの長老と隅で話していた。予言書の話をしているらしかった。シアが珍しく饒舌だった。


 ヴァルドが俺の隣に座った。でかい。隣に座るだけで圧がすごい。


「カイン殿」


「はい」


「トーラは立ち直った。あなたのおかげだ」


「みんなの力ですよ」


「それを言うのがあなたらしい」ヴァルドは酒を飲んだ。「一つ、父親として聞いてもいいか」


「何ですか」


「娘のことを、どう思っている」


 酒を噴きそうになった。


「いや、あの——」


「正直に言え。族長として聞いているのではない。父親として聞いている」


 ヴァルドの深紅の瞳が、穏やかだった。でも逃げられない目だった。


「……大事な人だと思ってます」


「大事、か」


「はい」


「それは、シア殿やリーナ殿と同じ意味の大事か。それとも違う意味の大事か」


 ……この親父、鋭すぎる。


「……まだ、わかりません。正直に」


「そうか」ヴァルドは少し笑った。「正直なのはいいことだ。嘘をつかれるよりずっといい」


「すみません。はっきり答えられなくて」


「急がなくていい。ただ——」


 ヴァルドは酒の杯を置いた。


「あの子が誰かを信じたのは、母が死んでから初めてだ。それだけは、覚えておいてくれ」


 重かった。父親の言葉は、剣より重い。


―――――


 宴が終わりかけた頃、外に出た。


 空気を吸いたかった。ヴァルドの言葉が胸に残っていた。


 広場の灯火が、静かに光っていた。


 ルティアがいた。


 灯火の前に立っていた。腕を組まずに。両手が体の横に下がっていた。あの、武装を解いた姿。


「ルティア」


「……ああ」


「宴、出ないのか」


「少し休んでいるだけだ」


 隣に立った。


「明後日、帰る」


「知ってる」


「シアに決められた」


「三日後って言ったんだろう。聞こえてた」


「朝食の席で聞こえてたのか」


「食堂は狭い」


 しばらく黙っていた。


「……ルティア」


「何だ」


「また来る」


「……ああ」


「灯火の点検もあるし」


「点検なんて私一人でできると言っただろう」


「でも来る」


「……勝手にしろ」


 同じやり取りだった。前にもやった。でも今回はルティアの声が、前より小さかった。


「ルティア」


「何だ。さっきから何回呼ぶんだ」


「手、出して」


「……は?」


「いいから」


 ルティアは怪訝な顔をしたが、手を出した。


 俺はルティアの手のひらに、小さな石を置いた。


 白と紫に光る石。息吹の核の欠片。


「何だこれは」


「灯火と同じ原理で作った、小さい核だ。持ってると息吹が少し濃くなる。お守りみたいなもん」


 ルティアは石を見た。手のひらの上で、小さな光が脈打っていた。


「……お守り」


「ヴェルダークに帰っても、それを持ってれば繋がってる感じがするだろ。灯火と同じ光だから」


 我ながら何を言ってるんだ。でも言ってしまった。


 ルティアは石を見ていた。しばらく。


 それから、手のひらを閉じた。石を握った。


「……もらっておく」


「うん」


「でも勘違いするな。これは灯火の管理に必要だから受け取るだけだ」


「わかってる」


「本当にわかってるか」


「わかってるよ」


「…………」


 ルティアは石を握ったまま、灯火を見ていた。


「……カイン」


「ん」


「この二週間——」


 言葉が止まった。


「二週間?」


「…………楽しかった」


 小さかった。かろうじて聞こえるくらいの。


 でも聞こえた。


「俺も」


「……そうか」


「ルティアと一緒に壁を直したり、子どもに角を触られたり、水筒を受け取ったり。全部、楽しかった」


「水筒は関係ないだろう」


「関係ある」


「なぜだ」


「ルティアが初めて俺に何かをくれた瞬間だったから」


 ルティアが黙った。


 灯火の光の中で、深紅の瞳が揺れていた。


「……卑怯だ」


「何が」


「そういうことを、さらっと言うのが卑怯だ」


「さらっと言ってないけど。結構考えて言った」


「余計に卑怯だ」


 ルティアは背を向けた。


「……帰れ。ヴェルダークに。民が待ってるだろう」


「ああ」


「壁を広げろ。灯火を届けろ。まだ三十分の一しか取り戻してないんだろう」


「そうだな」


「やることは山ほどあるはずだ。こんなところで油を売ってる場合じゃない」


「その通りだ」


「だから——」


 ルティアが振り返った。


 目が赤かった。


「——だから、早く全部終わらせて、また来い」


 俺は少し笑った。


「わかった」


「約束だぞ」


「約束する」


「破ったら斬る」


「破らない」


 ルティアは鼻を鳴らした。石を握ったまま、宿舎に向かって歩いていった。


 途中で立ち止まった。振り返らなかった。


「……おやすみ」


 小さな声だった。


「おやすみ、ルティア」


 ルティアは歩いていった。


 俺は灯火の前に立っていた。


 手のひらを見た。さっきまでルティアに石を渡していた手。ルティアの手の温度が、まだ残っていた。


―――――


 翌朝、出発した。


 集落の民が総出で見送りに来た。子どもたちがリーナに抱きついて泣いた。戦士たちがレナと握手した。長老がシアに予言書の写しを渡していた。


 ヴァルドが俺の前に立った。


「カイン殿。またトーラに来てくれ。歓迎する」


「必ず来ます」


「次は酒を持ってこい。トーラの酒は旨いが、ヴェルダークの酒も飲んでみたい」


「持ってきます」


 ヴァルドが手を差し出した。握った。でかい手だった。力強かった。


 ルティアは、民の後ろに立っていた。腕を組んで。いつもの姿勢。


 目が合った。


 ルティアは何も言わなかった。手も振らなかった。


 でも、胸の前で——さりげなく——あの石を握っていた。


 白と紫の光が、指の隙間から漏れていた。


 俺は頷いた。ルティアも、小さく頷いた。


 それで十分だった。


 馬を走らせた。白銀の髪が風になびいた。森の道を抜けていく。木々の間から、命の灯火の光が見えた。


 トーラは大丈夫だ。灯火がある。ヴァルドがいる。ルティアがいる。


 振り返らなかった。振り返ったら戻りたくなる気がしたから。


 隣でシアが言った。


「……帰ろう」


「ああ」


「ヴェルダークに」


「ああ」


 シアは少し間を置いた。


「……楽しかった? トーラ」


「楽しかった」


「…………そう」


 シアの声が、少しだけ小さかった。


 リーナが反対側から言った。


「私も楽しかったです。でも帰ったらガラさんの薬草茶が飲みたいです」


「ガラの茶、苦いだろ」


「あの苦さが好きなんです。ルティアさんも好きだって言ってましたよ」


「ルティアが?」


「はい。昨日のお茶会で。『この茶は悪くない』って。ルティアさんの最大級の褒め言葉です」


 リーナはにっこり笑った。


 レナが後ろから叫んだ。


「帰ったら腕相撲のリベンジだからね! トーラの四番目の奴、次は負かす!」


 にぎやかだった。


 帰り道は、来たときより短く感じた。

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