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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第5章

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■ 第44話「日々」

 翌朝、目が覚めたら岩の上だった。首が痛い。肩が痺れている。


 ルティアはいなかった。代わりに、上衣がかけてあった。


 ……いつ起きたんだ。


 集落に戻ると、シアが宿舎の前に立っていた。


「朝帰り?」


「見回りに付き合ってただけだ」


「一晩中?」


「一晩中」


「ルティアと?」


「……はい」


 シアの無表情が重い。


 リーナが奥から出てきて首を治してくれた。


―――――


 朝食の席で、ヴァルドが立ち上がった。


「民に伝える。今日から見回りは交代制にする」


 食堂が少しざわめいた。


「半年間、娘が一人でやっていた見回りだが、もうその必要はない。命の灯火のおかげで戦士たちは本来の力を取り戻した。二人一組、三交代で回す。夜は寝ろ」


 最後の一言は、ルティアを見て言っていた。


 ルティアは黙って味噌汁を飲んでいた。何も言わなかった。でも反論もしなかった。


 俺はそれを見て、少しだけ安心した。昨夜、あの岩の上で眠れたことが、ルティアの中で何か変えたのかもしれない。


―――――


 その日から、トーラの視察が始まった。


 灯火を作って終わりじゃない。この集落がちゃんと自分たちの足で回っていけるか、魔王として確認する必要がある。


 午前中、ヴァルドと一緒に集落を歩いた。


 建物の状態を確認した。壁に穴が空いている家がいくつかあった。屋根が傷んでいる家も。半年間、修繕の余裕がなかったのだろう。


「灯火ができて、民の体力が戻った。これなら修繕も進められる」ヴァルドが言った。


「資材はありますか」


「森の木はいくらでもある。問題は人手だ。戦士は見回りに出るし、女たちは子どもの世話がある」


「じゃあ修繕の順番を決めましょう。一番ひどい家から順に、みんなで直す」


 ヴァルドは俺を見た。


「魔王が大工仕事の段取りまでするのか」


「壁を作るのも大工仕事みたいなもんです」


 ヴァルドが笑った。


―――――


 午後、シアとソルスに灯火のデータをまとめてもらっている間、俺は集落の子どもたちに捕まった。


 七人。トーラの子ども全員。


「魔王様、角見せて!」


「水色の角ってほんと?」


「触っていい?」


 俺がしゃがむと、七人が群がってきた。角をつんつん触られた。くすぐったい。


「すげー! ほんとに水色だ!」


「小さいね!」


「小さいって言うな」


 子どもたちがげらげら笑った。


 ルティアが遠くからそれを見ていた。腕を組んで、木に寄りかかって。


 目が合った。


 ルティアが目を逸らした。速かった。


 でも、逸らす前に見えた。口元が、ほんの少しだけ緩んでいたのが。


―――――


 夕方、集落の修繕を手伝った。


 壁に穴が空いた家の補修。俺とレナが木材を運んで、トーラの男たちが組み立てる。力仕事は灯火のおかげで楽だった。みんな体力が戻っているから、半年分の遅れを取り戻すみたいに働いていた。


 俺が木材を担いでいると、ルティアが近づいてきた。


「手伝いにきた」


「ルティアは休んでていいのに」


「休むのは慣れてない」


「知ってる」


「じゃあ言うな」


 ルティアは俺の隣で木材を運び始めた。黙々と。でも横に並んで作業していた。


 二人で壁板をはめ込む作業をした。一人が板を押さえて、もう一人が釘を打つ。


「押さえるから打て」ルティアが言った。


「わかった」


 釘を打った。ルティアの手の近く。


「近い」


「すまん」


「もう少し右」


「ここか」


「もう少し」


「ここ?」


「……そこだ」


 なんでもない作業なのに、指示を出すルティアの声がいつもより小さかった。距離が近いからかもしれない。板を押さえるルティアの手と、釘を打つ俺の手が、たまに触れた。


 触れるたびに、ルティアの手がぴくっと動いた。でも引っ込めなかった。


 作業が終わって、家主のおばあさんが「ありがとう」と泣いた。


「半年間、穴から風が入ってきて寒かった。これでやっと眠れる」


「もっと早く直せなくて、すまなかった」ルティアが言った。


「ルティア様のせいじゃないですよ。ルティア様が集落を守ってくれていたから、私たちはここにいられたんですから」


 ルティアは少し黙って、「ありがとう」と小さく言った。


 俺はそれを横で見ていた。


 ルティアが民にありがとうと言うの、初めて聞いた気がする。


―――――


 夜、食堂でみんなで飯を食った。


 いつの間にか、ヴェルダーク組とトーラ組が混ざって座るようになっていた。レナがトーラの戦士と腕相撲をしていた。勝っていた。リーナがトーラの子どもたちに囲まれていた。シアはトーラの長老と術式の話をしていた。


 ルティアは——俺の隣に座っていた。


 いつからそうなったのかわからない。気づいたら隣にいた。


「……狭いな」ルティアが言った。


「広いだろ。食堂」


「……そうだな。広い」


 何が狭かったんだ。


 ルティアは飯を食いながら、ときどき俺の方をちらっと見た。目が合うと逸らした。でも逸らすまでの時間が、日に日に長くなっている気がする。初日は0.3秒だった。今日は1秒くらいあった。


 進歩だ。何の進歩かわからないけど。


―――――


 数日が過ぎた。


 トーラは目に見えて変わっていった。


 穴の空いた家が直った。戦士たちが交代で見回りを始めた。畑を作り始めた民がいた。灯火のおかげで森の土が柔らかくなって、作物が育つ土壌ができつつあった。


 子どもたちが前より外で遊ぶようになった。「灯」と名づけられた赤ちゃんは、日に日に大きくなっていた。母親が「よく飲む子だ」と笑っていた。


 ナリア——二年前に生まれた、弱かった子——も、少しずつ元気になっていた。まだ小さいけど、外を歩く時間が増えた。リーナが毎日様子を見ていた。


 ヴァルドが民の前に立つ時間が増えた。ルティアは少しずつ、族長代理の仕事を父に返していった。


 でもルティアは暇にならなかった。今度は修繕の指揮を取り始めた。働き者だ。じっとしていられないんだろう。


 俺もずっと手伝っていた。木材を運んだり、灯火の効果を確認したり、子どもの相手をしたり。


 ルティアは最初、俺が手伝うのを嫌がった。「魔王が大工仕事をするな」と。でも三日目には何も言わなくなった。五日目には隣で作業するのが普通になっていた。


 一週間経ったとき、ルティアが作業の合間に水筒を差し出してきた。


「飲め」


「ありがとう」


「水分を取らないと倒れる。お前が倒れると面倒だから」


「面倒」


「面倒だ。灯火の調整ができなくなる」


「それだけ?」


「それだけだ」


 水を飲んだ。ルティアの水筒。


 飲み終わって返そうとしたら、ルティアが受け取るときに指が触れた。


 ルティアの手が、引っ込まなかった。


 一秒。二秒。


 ルティアが水筒をひったくった。


「何を——何をぼさっとしている。作業に戻れ」


「はいはい」


「はいは一回だ」


 シアと同じこと言ってる。


―――――


 その夜、俺は岩の上にいた。月を見ていた。


 一人で。


 ルティアは来なかった。見回りは交代制になったから。今夜はルティアの番じゃない。


 来ないとわかっていたのに、少しだけ待ってしまった自分に気づいて、ちょっと困った。


 何を待ってるんだ俺は。


 足音がした。


 振り返った。


 ルティアだった。部屋着で。髪を下ろしていた。


「……来てないだろうなと思って確認しに来ただけだ」


「来てるけど」


「知ってる。見えたから」


「じゃあなんで来たんだ」


「…………確認だ」


 ルティアは岩の下に立っていた。登ってこなかった。


「……登らないのか」


「用はない。確認しただけだ」


「座っていけよ。月が綺麗だぞ」


 ルティアは少し黙った。


 登ってきた。


 隣に座った。あの夜と同じ場所。


「……一回だけだぞ」


「何回目だよそれ」


「うるさい」


 二人で月を見た。


 虫の声が聞こえた。灯火の脈動が遠くから伝わってきた。


 今夜は何も言わなかった。二人とも。


 ただ、隣に座っていた。


 ルティアは寝落ちしなかった。目が開いていた。月を見ていた。


 でも肩の距離が、あの夜よりほんの少しだけ近かった。

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