表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/67

■ 第37話「誇り高き牙」

 命の灯火をイルガに届けた翌週、次の目的地が決まった。


 トーラ集落。南西の森の奥にある、もう一つの魔族の集落だ。


 グラザードが地図を指しながら言った。


「トーラはヴェルダークより小さいが、歴史は古い。誇り高い一族が治めている。百年間、森の奥で王国軍から隠れ続けてきた」


「連絡は取れてるんですか」


「数ヶ月前に使者を送った。返事が来た。『助けは要らない』と」


「……要らない?」


「トーラの族長はそういう男だ。外に頼ることを嫌う。自分たちの力で守るという矜持がある」


 ムルトゥスが補足した。


「族長の名はヴァルド。私とは旧い知り合いだ。頑固で、誇り高い。だが民思いの良い男だ」


「命の灯火の話は?」


「使者を通じて伝えた。だがヴァルドは『人間の魔王が作ったものなど信用できない』と言っているそうだ」


 俺は少し考えた。


「直接行きます。見せた方が早い」


―――――


 メンバーはカイン、シア、リーナ、レナの四人。


 ソルスとミルは集落に残って命の灯火の維持を担当する。


 馬で二日の距離だった。南西に向かって、森が深くなっていく。


 一日目の夜、野営しながらシアが言った。


「トーラの族長には娘がいるらしい」


「娘?」


「名前はルティア。族長の一人娘で、父親が病に倒れてからは実質的に集落をまとめているという」


「若いのか」


「私たちと同じくらいだと聞いた」


 レナが横から言った。


「強いらしいよ。トーラの戦士の中でも一番だって。剣も術式も使える」


「お前より?」


「知らない。でも楽しみ」レナはにやっと笑った。


 リーナが少し不安そうな顔をしていた。


「人間の魔王を信用できないって言ってるんですよね。私、人間ですけど大丈夫ですか」


「大丈夫だよ。俺がいる」


「……はい」


―――――


 二日目の午後、森の奥に入った。


 木々が巨大だった。ヴェルダーク周辺の森とは比べものにならない。幹の太さが大人三人分はある。枝が空を覆って、地面に届く光が少ない。


 だが暗くはなかった。


 息吹が濃かった。木々の幹に沿って、薄い紫の光が脈打っている。地面からも霧のように息吹が漂っていた。


「濃いな」俺は呟いた。


「百年間、人間が踏み込んでいない森だ」シアが言った。「息吹が自然のまま残っている」


 レナが急に足を止めた。


「来る」


 低い声だった。レナの目が変わった。剣に手をかけていた。


 次の瞬間、木の上から影が降ってきた。


 速かった。レナが剣を抜くより速く、影が俺の前に着地した。


 剣の切っ先が、俺の喉元に突きつけられていた。


―――――


 女だった。


 黒髪のロングヘアー。森の闇に溶けるような漆黒の髪が、腰まで流れている。深紅の瞳が、俺を射抜いていた。


 角は左右に一本ずつ。漆黒で、磨き上げられたように艶がある。他の魔族の角より少し大きくて、わずかに後方に反っていた。


 シアやリーナと同じくらいの背丈だが、立ち姿が違った。凛とした顔立ちで、眉が鋭く、唇が薄い。美しいというより、鋭い。刃物みたいな美しさだった。


 鎧を纏っていた。軽装だが、要所を守る実戦向きの装備。使い込まれた片手剣を右手に持っている。


 剣の先が、俺の喉から三センチのところにあった。


「お前が人間の魔王か」


 低い声だった。怒りを抑えた、しかし隠しきれていない声。


「そうだけど、まず剣を——」


「黙れ」


 深紅の瞳が、白銀の髪の間に覗く俺の角を見た。


「角を生やした人間。気持ちが悪い」


 はっきり言った。遠慮のかけらもなかった。


「人間が魔族の王を名乗るなど、我々への冒涜だ。ヴェルダークの連中は何を考えている」


 シアが動こうとした。俺が手で制した。


「お前がルティアか」


「そうだ。トーラ集落の族長代理、ルティア・ヴァン・トーラ。お前たちが来ることは聞いている。だから出迎えに来た」


「出迎えって、剣を突きつけるのが?」


「当然だ。我がトーラの森に、人間が足を踏み入れた。族長代理として確認する義務がある」


 ルティアの目が、俺の後ろに移った。リーナを見た。


「もう一人、人間がいる。聖女か。王国の犬を連れてきたのか」


 リーナが少し身構えた。


「リーナは俺の仲間だ。王国の犬じゃない」


「人間は人間だ。我々の森に人間を入れるわけにはいかない」


「じゃあ俺も入れないな。俺も人間だ」


 ルティアが一瞬、詰まった。


「お前は……角がある」


「角があっても人間だよ。人間でも魔族でもない、よくわからない存在だ。それでも中に入れてくれないか」


 ルティアは俺を睨んだ。しばらく無言が続いた。


 レナが剣の柄に手をかけたまま、俺の横に立っていた。いつでも動ける体勢だった。


 ルティアの目がレナに移った。


「そっちの女は」


「レナだ。ヴェルダークの戦士で——」


「強そうだな」


 ルティアが初めて、敵意以外の感情を見せた。品定めする目だった。


「まあね」レナがにっと笑った。「あんたも強そう」


「当然だ。トーラで一番強い」


「へえ」


 二人の間に、妙な空気が流れた。戦士同士の、無言の火花。


 ルティアは剣を下ろした。


「……入れてやる。ただし、民に害を成したら斬る。人間の聖女も同じだ」


「ありがとう」


「礼は要らない」ルティアは踵を返した。「ついてこい。道に迷うぞ」


 歩き出した。速かった。森の中を、枝も根も気にせずにすいすいと進んでいく。


 シアが小声で言った。


「あの女、嫌い」


「まあまあ」


「『気持ちが悪い』って言ったの、聞こえた」


「聞こえてたか」


「聞こえた」


 シアはそれ以上何も言わなかった。でも歩く速度が少し速くなっていた。


 リーナは黙ってついてきていた。表情は穏やかだったが、少しだけ手を握りしめていた。


―――――


 トーラ集落は、森の中に溶け込むように建っていた。


 木々の間に石造りの家が点在している。ヴェルダークより建物が少なく、全体に静かだった。百人ほどの民がいるようだが、外を歩いている者は少ない。


 疲弊していた。


 ヴェルダークに来たばかりのころの空気に似ていた。希望が薄い場所の空気だ。


 子どもの姿が、ほとんど見えなかった。


「子どもは」


「七人だ」ルティアが前を向いたまま答えた。「十年前は二十人いた」


 俺は黙った。


「息吹が足りない。森が守ってくれているから王国軍には見つからないが、森の息吹だけでは民を養えない。子どもが弱く生まれて、育たない。母体が保たない」


 ルティアの声は平坦だった。事実を述べているだけだった。でも、その平坦さの裏に何があるか、俺にはわかった。


「父は半年前に倒れた。息吹不足で魔力回路が衰弱した。族長の務めで息吹を民に分け与え続けて、自分の分が足りなくなった」


 ルティアが立ち止まった。


 振り返った。深紅の瞳が、まっすぐ俺を見た。


「だから言っておく。お前が本物の魔王なら、このトーラを救ってみろ。できないなら帰れ。口だけの王など要らない」


 挑戦だった。


 俺はルティアを見た。


「明日、命の灯火を作る。見てくれ」


「命の灯火?」


「見ればわかる」


 ルティアは鼻を鳴らした。


「期待はしない」


 そう言って歩き出した。


 シアが小声で言った。


「あの女、絶対泣くよ。明日」


「なんでわかるんだ」


「あの目、ムルトゥス様と同じだ。希望を持ちたくて、でも裏切られるのが怖いから、期待しないって言ってる」


 俺はシアを見た。シアは前を向いていた。


 この子は、人の目を読むのがうまくなったな、と思った。


―――――


 夜、宿舎に案内された。質素な部屋だった。壁に穴が空いている箇所もあった。


 ルティアが立ち去る前に、俺は声をかけた。


「ルティア」


「何だ」


「族長——お父さんの容態を、リーナに診せてくれないか。リーナは癒しの力を持ってる。もしかしたら力になれるかもしれない」


 ルティアの表情が、一瞬だけ揺れた。


 それはほんの一瞬だった。すぐに鋭い目に戻った。


「……人間の力で、魔族の病が治るわけがない」


「試すだけだ。嫌なら断ってくれていい」


 ルティアは黙った。長い沈黙だった。


「……明日だ。灯火とやらを見てから、考える」


 それだけ言って、去っていった。


 リーナが俺を見た。


「カインさん、ルティアさんのお父さん、診られるかもしれません」


「無理はしなくていいぞ」


「無理じゃないです。息吹不足で魔力回路が衰弱しているなら、回路の修復は私の専門です。ヴェルダークの兵士さんの腕と同じ原理だと思います」


 リーナの目が真剣だった。癒しの力を誰かのために使いたいという、あの目だった。


「頼む」


「はい」


 レナが欠伸をしながら言った。


「明日は忙しくなりそうだね」


「そうだな」


「あのルティアって子、強かったな。木の上から降ってきたとき、私でも反応できなかった」


「レナでも?」


「うん。あれは本物だよ。トーラで一番強いっていうの、嘘じゃない」


 レナは少し笑った。


「でもね、カイン」


「ん」


「あの子、めちゃくちゃ怖がってるよ」


「怖がってる?」


「うん。強い人ってわかる。怖いから強く出てるんだ。集落を一人で背負って、父親が倒れて、子どもが減って。怖くてたまらないのに、族長代理だから弱さを見せられない」


 レナは天井を見た。


「ちょっとかわいそうだなって思った」


 俺はレナを見た。


 レナは普段ぼんやりしているが、こういうとき、すごく鋭い。


「明日、ちゃんとやろう」


「うん」


 シアが部屋の隅で術式書を読んでいた。聞いていないようで、全部聞いていた。


「カイン」


「ん」


「明日、ちゃんとやって。あの女を黙らせて」


「黙らせるって」


「『気持ちが悪い』の撤回、させるから」


 シアは術式書に目を戻した。


 俺は窓の外を見た。トーラの森が、暗い中で静かに息吹を漂わせていた。


 明日、この集落に灯火を灯す。


 ルティアが「期待はしない」と言った顔を、もう一度思い出した。


 あの顔を、変えてやりたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ