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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第5章

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■ 第32話「先に動いたのは」

 エレナとザックを送り出してから、数日が経っていた。


 いつもの日常が戻っていた。訓練をして、壁を広げて、テオに遊ばされて、ガラに薬草茶を出されて。


 その日の夕方、シアが俺の隣を歩いていた。


「カイン」


「ん」


「エレナとザックのこと、まだ考えてる?」


 俺は少し考えた。


「もう考えてないよ」


「四人全員に決着つけたのに、カインは全然すっきりした顔してなかった」


「そうか?」


「そうだよ。あの日の夜、宿舎に戻ってから、ずっと天井見てたでしょ」


「……見てたのか」


「補佐官だから。見てる」


 俺は少し笑った。


「復讐って、やっても何かが満たされるわけじゃないんだなって。それだけだよ。もう前を向いてる」


 シアはしばらく俺を見ていた。


「……格好いいね」


「今何か言ったか」


「言ってない」


「言ってたぞ」


「言ってない」


 シアはさっさと歩き出した。


―――――


 夜、訓練の後片付けをしていると、シアが来た。


 いつもより少し遅い時間だった。


「カイン、少しいい?」


「どうぞ」


 シアは俺の隣に座った。息吹の核の光が、広場を静かに照らしていた。


 しばらく二人で黙っていた。


 シアが口を開いた。


「リーナがキスしたこと、まだ気になってる」


 俺は少し固まった。


「あれは突然で——」


「わかってる」シアは言った。「突然だったのはわかってる。でも気になってる」


「なんで気になるんだ」


 シアは俺を見た。


 何か言おうとした。でも言葉が出てこないようだった。口を開いて、閉じた。また開いた。


「……わからない」


「わからないのか」


「わからない。でも、気になる」


 俺はシアを見た。シアは膝の上で手をぎゅっと握っていた。


 しばらく沈黙が続いた。


 シアが急に立ち上がった。


 俺の前に来た。背が小さいシアが、俺を見上げた。


「シア?」


 シアは何も言わなかった。


 背伸びした。


 唇が、触れた。


 一瞬だった。


 シアが離れた。


 真っ赤だった。顔も、耳も、首まで。


「……なんでもない」


 シアは踵を返した。


「ちょっと待って——」


「おやすみ」


 シアは早足で歩いていった。見る見るうちに小さくなって、宿舎の扉の中に消えた。


 俺は一人で広場に残った。


 しばらく、シアが消えた扉を見ていた。


 胸の中に、じわりと温かいものが広がっていた。


 なんだったんだ、今のは。


 よくわからなかった。


 でも悪くない感じがした。


 それだけは、はっきりわかった。


―――――


 翌朝、訓練場に行くと、シアがもういた。


 いつも通りの白い装束、真白の髪。術式書を開いて、背筋を伸ばして立っていた。


 俺が近づくと、シアはちらっと俺を見た。


 即座に目を逸らした。耳が赤かった。


「おはよう、シア」


「……おはよう」


「昨夜のこと——」


「忘れろ」


「忘れられない」


 シアは術式書を強く握った。


「忘れろと言っている」


「なんでキスしたんだ」


「……わからない」


「わからないのか」


「わからないと言っている」


 シアはやっと俺を見た。顔がまだ赤かった。


「訓練するよ」


「うん」


「集中しろよ」


「……する」


 シアは術式書を開き直した。


 でもその口元が、ずっと緩んでいた。


 俺はそれを見ながら、術式の準備を始めた。


 なんでキスしたのかはわからなかった。


 でも、また訓練場に二人でいる。


 シアの口元がずっと緩んでいる。


 なんか、大事なものに触れた気がした。

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