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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第4章

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■ 第31話「二人の王命」

 穏やかな日々は、長くは続かなかった。


 偵察からの報告が入ったのは、朝の軍議中だった。


「二人の人間が壁の外に現れました。王国の使節旗を持っています」


 グラザードが俺を見た。


「交渉か」


「使節旗を持っているなら、表向きは外交だろう。出てみる」


 シアが立ち上がった。


「私も行く」


「頼む」


―――――


 壁を通り抜けた。


 二人が待っていた。


 一人は女だった。漆黒の髪を後ろで束ねて、魔術師の装束を纏っている。手に術式書を持っていた。整った顔に、冷たい目。


 エレナだった。


 もう一人は男だった。赤毛に、人懐っこそうな笑顔。でもその目が笑っていない。


 ザックだった。


 侵攻のとき、遠目には見ていた。でもこの距離で顔を合わせるのは、弾劾の日以来だった。


 エレナは俺を見た。俺を見た。白銀の髪。碧い瞳。そして角。一瞬だけ表情が動いたが、すぐに戻した。さすがに計算が速い。


「カイン・アーヴェル」エレナは言った。「王命で来た。魔王の術式について調査する権限を与えられている」


「調査、か」


「あなたの封印術の構造を解析させてもらいたい。王国の安全保障のために必要なことだ」


 ザックが横から笑顔で言った。


「久しぶりだな、カイン。元気そうじゃないか」


「そうだな」


「俺たちもさ、お前に酷いことしたと思ってるよ。でも王命だったから仕方なかった。わかってくれるよな?」


 相変わらずだった。笑顔で言いながら目が笑っていない。弾劾のとき泣きそうな顔を作って「信じてたのにな、カイン」と言ったのと同じ口だ。


 シアが俺の袖をそっと引いた。小声で言った。


「入れるの」


「入れる」


「なぜ」


「見たいものがある」


 シアは一瞬俺を見て、それから頷いた。


 俺はエレナとザックに向き直った。


「わかった。中に入れ」


 エレナが少し驚いた顔をした。


「……いいのか」


「どうぞ。歓迎するよ」


 二人は顔を見合わせた。簡単すぎると思ったのだろう。罠を疑っている。


 罠じゃない。ただ、泳がせるだけだ。何を盗みに来たのか、何を調べに来たのか。自分から見せてもらう。


―――――


 ヴェルダーク集落の中に入れた。


 エレナは周りを見渡しながら歩いていた。息吹の核の光を見て、目が細くなった。術式書に何かを書き込んでいる。視線が鋭い。魔術師としての目で、すべてを記録しようとしていた。


 ザックは愛想よく周りの魔族に挨拶しながら、視線だけが油断なく動いていた。建物の配置を確認している。出入口を数えている。何かを探している。


 ソルスが俺の隣に来た。小声で言った。


「魔王様、あの二人、目的が違います」


「わかってる」


「エレナは術式の解析が目的。でもザックは」


「別の何かを探してる」


「宝玉だと思います。王国の上層部は魔王の宝玉の存在を知っている。それを奪えば魔王の力を無効化できると考えているのでは」


「そうだろうな。枢機卿グレゴリウスの入れ知恵だろう。あの男は魔族の歴史に詳しいはずだ」


 ソルスは眼鏡を押し上げた。


「どうするんですか」


「好きにさせる。しばらく」


―――――


 エレナを訓練場に案内した。


「ここで術式を展開してみせてほしい。観察させてもらう」


「いいよ」


 俺は封印術を展開した。紋様が宙に浮かんだ。息吹と融合して、白と紫に光る。


 エレナは目を細めた。術式書に書き込みながら、紋様の周りをゆっくり歩いた。指先で空中の紋様をなぞるように動かしている。読もうとしている。


「構造が……見えない」


「そうか」


「これは封印術の基本構造から完全に逸脱している。人間の術式体系では説明がつかない」


「息吹と融合しているから。人間の術式とは別物になってるんだよ」


「……解析させてくれ」


 エレナは術式書を閉じて、自分の魔力を紋様に向けた。解析魔法だ。魔術師が術式の構造を読み取るための魔法。エレナはこれが得意だった。パーティー時代、俺の封印術を何度も「地味」「単純」と言いながら、裏では構造を分析していた。


 紫色の光が紋様に触れた。


 次の瞬間、エレナの顔が歪んだ。


「っ——」


「どうした」


「解析が……弾かれた」


「息吹と融合した術式は、人間の解析魔法では読めない」


 エレナは唇を噛んだ。


「もう一度」


 また弾かれた。三度目も同じだった。


 エレナの顔が、少しずつ険しくなっていった。計算の目に、焦りが混じっていた。


「なぜ読めない。術式の構造上、解析不可能ということはあり得ない。すべての術式には読める形がある」


「人間の魔法の常識で測ろうとするから読めないんだ」


「……」


 エレナは術式書を握りしめた。


 俺はエレナを見た。


 三年前のことを思い出していた。


「エレナ、一つ聞いていいか」


「何」


「弾劾のとき、俺の封印術に魔族由来の技法が混入していると嘘の鑑定をした。覚えてるか」


 エレナの手が止まった。


「覚えてるな」


「……それは」


「俺はずっと考えてた。エレナはパーティーで一番頭がいい。俺の封印術が魔族由来じゃないことくらい、一目でわかったはずだ。なのに嘘の鑑定をした。なぜだ」


 エレナは黙った。


「最初は理由がわからなかった。でもここに来て、息吹と融合した術式を作って、やっとわかった」


 俺はエレナを見た。


「お前は俺の封印術を盗もうとしていたんだろう。パーティー時代からずっと。俺の術式を解析して、自分のものにしようとしていた。でもできなかった。独学で開発した術式だから、お前の理論では再現できなかった」


 エレナの目が、わずかに揺れた。


「盗めないなら消すしかない。術式の持ち主ごと消せば、誰にも取られない。だから弾劾に加担した。アルベルトがリーナ目当てで俺を消したかったのを利用して、自分の目的を達成した。そういうことだったよな」


 長い沈黙。


 エレナは俺から目を逸らさなかった。冷たい目だった。でも、その奥に——ほんの一瞬——何かが揺れたのを、俺は見た。


「証拠はない」


「証拠はいらない。俺が知ってる。お前の目を見ればわかる」


 俺は術式を展開した。今度はエレナに向けて。


「カイン、何を——」


「お前が欲しかったものを、永久に取り上げる」


 封印術がエレナの魔力回路に定着した。


 エレナの顔が青ざめた。


「魔力が……消えていく」


「永続だ。二度と魔法は使えない。解析魔法も、攻撃魔法も、何もかも」


 エレナは自分の手を見た。指先から魔力の感覚が消えていくのがわかるのだろう。手が震えていた。


「お前は魔術師として生きてきた。術式の解析と開発が、お前の全てだった。それを奪う。俺にやったことと同じだ。お前は俺の三年間を奪った。俺はお前の全部を奪う」


 エレナは何も言えなかった。


 ただ、震える手で術式書を胸に抱えていた。


 その術式書に何を書き込んでも、もう意味はない。エレナはそれをわかっていた。わかっていて、それでも手放せなかった。


「帰れ」


 エレナは術式書を抱えたまま、訓練場を出ていった。振り返らなかった。


―――――


 一方、ザックは集落の中を歩き回っていた。


 ムルトゥスの部屋の前で立ち止まった。老長老が宝玉を管理している部屋だ。扉に独特の紋様が刻まれている。ザックの目が光った。魔族の中で唯一、紋様で守られた部屋。重要なものがあると、一目でわかる。


 ザックは周りを確認した。誰もいないと思ったのだろう。


 懐から細い金属の棒を取り出した。鍵開けの道具だ。盗賊の七つ道具。


 扉の鍵穴に手を伸ばした。


「ザック」


 俺の声に、ザックが飛び上がった。


 振り返ると、俺が立っていた。


「カイン……いつからいた」


「最初から見てたよ。集落の入り口から、ずっと」


 ザックは一瞬だけ固まった。次の瞬間、いつもの笑顔を作った。金属の棒を素早く懐に戻した。


「いやあ、ちょっと迷ってさ。なんの部屋か気になっただけだよ」


「鍵開けの道具を持って迷う人間はいないだろ」


 ザックの笑顔が、一瞬だけ揺れた。


「宝玉を盗みに来たんだろ。枢機卿に命じられて」


「違う違う、そんなつもりは——」


「ザック」


 俺はザックの目を見た。


「お前はいつもそうだ。笑顔で嘘をつく。弾劾のときもそうだった。泣きそうな顔を作って、俺が魔族の密使と接触していると証言した。見事な演技だった」


 ザックの笑顔が、少しだけ崩れた。


「あの後、お前は俺の顔の前にしゃがんで言ったな。『荷物、もらっとくな。置いといても腐るだけだし』って」


 ザックは黙った。


「リーナが手縫いで作ってくれたお守りも、あの中に入ってた。俺の全財産が。お前はそれを全部持っていった。死ぬ人間の荷物を漁る盗賊みたいに」


「それは——」


「そのお守り、まだ持ってるか」


 沈黙。


「持ってるな。売れなかったんだろう。手縫いのお守りなんか金にならないから」


 ザックは観念したように、懐から小さな布の袋を取り出した。


 リーナのお守りだった。


 色褪せていた。でも、リーナの手縫いの糸目がちゃんと残っていた。三年間、ザックの懐で揉まれて、くたくたになっていた。


 俺はそれを受け取った。


 手のひらの中に収まる、小さな布の袋。


 旅の安全を願って、リーナが作ってくれたもの。


「……戻ってきた」


 小さく呟いた。自分に向かって。


「俺の全財産も、ちゃんと返してもらう。今日じゃなくていい。でも必ず返せ」


「わかった……わかった。返す。だから——」


「だから、じゃない」


 俺は封印術を展開した。


「カイン、待って——」


「お前は盗賊だ。盗むことでしか生きてこなかった。仲間の荷物を盗んで、証拠を捏造して、今日は宝玉を盗みに来た。全部同じだ」


 封印術がザックに定着した。


「っ——手が、動かない」


「指先だけだ。他は動く。でもお前の盗賊としての技術は全部消えた。鍵を開ける指先、スリの手さばき、罠を解除する感覚。全部。二度と何も盗めない体になった」


 ザックは自分の手を見た。指先が、わずかに震えていた。動かそうとしているのだろう。でも、精密な動きができなくなっているのがわかったのだろう。顔が歪んだ。


「お前は弾劾のとき、俺に向かって言ったな」俺は静かに言った。「『信じてたのにな、カイン』と。あれは演技だった。でも俺は本当に信じてたんだよ、ザック。仲間だと思ってた」


 ザックは答えなかった。


 笑顔が消えていた。作ることすらできなくなっていた。


―――――


 二人を壁の外に送り出した。


 エレナは何も言わなかった。ただ術式書を抱えて歩いていった。その背中が、いつもより小さく見えた。


 ザックは振り返らなかった。笑顔を作る余裕もないまま、早足で去っていった。


 俺はその背中を見送りながら、思った。


 これで四人全員に会った。アルベルト。ダイゴ。エレナ。ザック。


 アルベルトは勇者の称号と魔力と聖剣とリーナを失った。ダイゴは剣を振る腕を失った。エレナは魔法の全てを失った。ザックは盗賊の指先を失った。


 全員、自分が一番大事にしていたものを奪われた。俺が三年間の全てを奪われたように。


 それで帳尻が合うのかは、わからない。合わないのかもしれない。


 でも、もう振り返らないことにした。


 シアが俺の隣に来た。


「リーナのお守り、戻ってきたね」


「ああ」


 俺は手の中のお守りを見た。小さくて、少し色褪せていた。でも、ちゃんとあった。


「リーナに渡すの?」


「いや、これは俺のものだ」


 シアは少し黙った。


「……そっか」


 俺はお守りを外套の内側にしまった。


 胸の近くに。


 グラザードが来た。


「四人全員に決着がついたな」


「ああ。残るは弾劾を演出した枢機卿グレゴリウスと、その上の国王だ」


「すぐに動くか」


「いや。それはもう少し後でいい」


「なぜ」


「今は取り戻す方が先だ。まだ三十分の一しか戻っていない」


 グラザードは少し黙って、それから頷いた。


「……そうだな。魔王らしい答えだ」


 奇跡の壁が、白と紫に輝いていた。


 まだやることは、たくさんあった。

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