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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第4章

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■ 第29話「剣の誇り」

 イルガの壁を張り終えてから、二週間が経っていた。


 その間に壁をさらに押し広げ、息吹の核を増設し、イルガとヴェルダークの間に補給路を通した。忙しい日々だった。


 王国側は動きがなかった。アルベルトが魔力を失い、聖女が離反し、イルガの百人が全員無力化されたという報告が王都に届いたはずだが、次の軍勢は来なかった。混乱しているのだろう、とグラザードは言っていた。


 そんな朝だった。


 壁の外に、一人の人影が現れた。


 大柄な男だった。大剣を背負っている。鎧は王国のものだが、旗は持っていない。


 ダイゴだった。


 グラザードが報告に来た。


「一人で来ている。軍勢はいない」


「わかった。出る」


 シアが「私も——」と言いかけた。


「今回は一人でいい」


「なぜ」


「ダイゴは剣士だ。剣士として俺に挑みに来た。一対一の方がいい」


 シアは少し黙った。


「……わかった。でも何かあったらすぐ行く」


「大丈夫だよ」


―――――


 壁を通り抜けた。


 ダイゴはそこにいた。


 三年ぶりに正面から見た。相変わらず大柄で、腕が太い。背中の大剣、愛剣だ。柄に古い傷がある。長年使い込んできた剣だとわかる。


 ダイゴは俺を見た。


 俺の角を見た。白銀の髪の間に覗く水色の角。少し表情が変わったが、すぐに戻った。


「来たか、カイン」


「来たな、ダイゴ」


「魔王になったそうだな」


「そうだ」


「……百人を一人でやったという噂も聞いた」


「本当だよ」


 ダイゴは大剣を背中から下ろした。地面に突き立てた。その柄に両手を乗せて、俺を見た。


「弾劾のとき、俺はお前のことを足手まといと言った」


「言ったな」


「嘘だった」


 俺は少し黙った。


「知ってる」


「お前の結界に何度も助けられた。お前の補助魔法がなければ死んでいた場面もあった」ダイゴは続けた。「それでも言った。アルベルトに言えと命令されたから」


「そうか」


「……謝りには来ていない」


 ダイゴは大剣を引き抜いた。


「決闘しに来た。俺はお前より強いと、ずっと思っていた。剣士として、それだけは負けていないと思っていた。でも百人を一人でやったという噂を聞いて——」


 ダイゴは剣を構えた。


「確かめたい。本当にそれほど強いのか。俺の剣で、確かめたい」


 俺はダイゴを見た。


 謝罪じゃない。言い訳でもない。ただ、剣士としての誇りをかけて挑みに来た。それだけだった。


「わかった。やろう」


―――――


 ダイゴが踏み込んできた。


 速かった。大剣を使うとは思えない速さだった。三年間、さらに磨き上げてきたのがわかった。


 でも、俺には見えた。


 一歩横にずれた。大剣が空を切った。


 ダイゴは止まらなかった。そのまま回転して、横薙ぎに剣を振った。


 結界を展開した。大剣が結界に当たって、弾かれた。


「結界で受けるか」


「補助魔法の転用だよ。以前と同じだ」


「以前と同じじゃない」ダイゴは言った。「以前はもっと遅かった。今は——」


 また踏み込んできた。今度は上段から。


 俺は結界を薄く広げて、剣の軌道をずらした。そのまま封印術を足元に流した。


 ダイゴの足が、一瞬だけ重くなった。


「っ——」


 その隙に、俺は間合いに入った。


 ダイゴが後退した。距離を取って、俺を見た。


「封印術か。足が重くなった」


「そうだよ。封じると動けなくなる」


「まだ完全には封じていないだろう」


「そうだな」


 ダイゴはもう一度剣を構えた。今度は慎重だった。俺の動きを読もうとしている。


 俺は待った。


 ダイゴが動いた。今度は突きだった。大剣での突き、速くて鋭かった。


 身体を半歩ずらした。剣先が脇を掠めた。


 同時に封印術を展開した。


 ダイゴの右腕に紋様が定着した。


「——っ!」


 剣を握る力が、抜けた。大剣が地面に落ちた。


 ダイゴは落ちた剣を見た。拾おうとした。右腕が動かなかった。


「右腕を封じた」俺は言った。「剣を振る力が使えない」


 ダイゴは左手で剣を拾おうとした。


 俺は左腕にも封印術をかけた。


 両腕が動かなくなった。


 ダイゴは俺を見た。


 その目に、怒りはなかった。


 ただ、静かな目だった。


「……完敗だ」


 ダイゴは膝をついた。両腕が使えないまま、地面に座り込んだ。


「この封印は解けるか」


「解けない。永続だ」


 ダイゴはしばらく黙っていた。


「……剣が、もう振れないのか」


「そうだ」


 長い沈黙があった。


「カイン」


「ん」


「お前は今、俺より強いか」


「強いよ。比べるまでもなく」


 ダイゴは少し笑った。自嘲するような笑いだった。


「そうか。そうだな」


 ダイゴは空を見上げた。


「弾劾のとき、俺はお前に石を投げた。そして糞尿をかぶせることに加担した。覚えているか」


「覚えてる」


「……最低だったな、俺は」


「そうだな」


「謝っても遅いのはわかってる」


「遅い」


 ダイゴはまた黙った。


「それでも言う。すまなかった」


 俺はダイゴを見た。


 三年前の弾劾の場面が浮かんだ。あの日の屈辱が浮かんだ。


 でも今は、不思議と怒りが来なかった。


「帰れ、ダイゴ」俺は言った。「剣は振れなくなったが、命は取らない」


「……なぜだ。俺はお前に最低なことをした」


「魔族は争いたいわけじゃないから。必要以上のことはしない」


 ダイゴはしばらく動かなかった。


 それから、ゆっくりと立ち上がった。両腕が使えないまま、大剣を拾えないまま。


「剣は置いていくのか」


「拾えない」


「そうか」


 俺は大剣を拾って、ダイゴに渡した。


 ダイゴは驚いた顔をした。


「なぜ」


「剣士の誇りだろ。置いていくな」


 ダイゴは大剣を見た。腕に力が入らないから持てない。でも俺が剣の帯を、ダイゴの背中に括り付けてやった。


 ダイゴはしばらく黙っていた。


「……カイン、お前は」


「帰れ」


 ダイゴは振り返らずに歩き出した。


 大剣を背負ったまま、両腕が使えないまま。


 その背中が、小さくなっていった。


 俺はその背中を見ていた。


 足手まとい、と言われた日のことを思い出した。あの言葉で三年間が塗り替えられた、あの日のことを。


 でも今は、それがずっと遠くに感じた。


 シアが壁から出てきた。


「終わったの」


「終わった」


「ダイゴは」


「帰った。剣は振れなくなった」


 シアは俺を見た。


「……カインが剣を背負わせてやったの、見てた」


「見てたのか」


「補佐官だから、ちゃんと見てる」


 シアは俺の隣に並んだ。


「カインは優しいね」


「そうかな」


「そうだよ」シアは少し間を置いた。「……それが嫌いじゃない」


 その声が、柔らかかった。


 俺はシアを見た。シアは前を向いていた。白い耳が少し赤かった。


 俺は何も言わなかった。


 ただ、並んで歩いた。


 奇跡の壁が、白と紫に輝いていた。

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