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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第4章

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■ 第28話「使者」

 朝、ヴェルダーク集落(いつもの集落)の入り口が騒がしかった。


 何事かと外に出ると、門番の兵士が一人の魔族を囲んでいた。


 若い女だった。歳は十代後半か、二十歳前後か。髪は短く切られていて、赤みがかった茶色。角は細くて小さく、右の角の先が少し欠けていた。鎧を纏っているが、あちこちに傷がついていた。顔立ちは整っているが、今は疲労と焦りで青ざめていた。


 その目が、俺を見た瞬間に大きく見開かれた。


「魔王様……! 本当にいた……!」


 膝をついた。


「お願いします。イルガ集落を、助けてください」


―――――


 話を聞いた。


 名前はセラ。東の山岳地帯にあるイルガ集落から来た使者だという。


「イルガは山の中にありました。今まで王国軍に見つかっていなかった。でも先月、偵察に見つかって。王国軍にイルガ集落を占拠されてしまいました」


 セラは唇を噛んだ。


「民は命からがら逃げました。今は山の洞窟に三十人ほどが隠れています。イルガ集落も土地も全部奪われたまま。食料もない。このままでは——」


「魔王様の噂を聞きました」セラは続けた。「息吹の壁を作って土地を取り戻しているという。人間でありながら魔族の王になったという。藁にもすがる思いで、包囲を抜けてここまで来ました」


 グラザードが口を開いた。


「占拠している王国軍の規模は」


「百人ほどです」


「今、民はまだ無事か」


「洞窟に隠れているので、見つかってはいません。でも時間の問題です」


 グラザードは俺を見た。


 俺は少し考えた。


「行きます」


 セラが顔を上げた。


「本当ですか」


「三十人が洞窟に隠れているなら、早い方がいい。明日出発しよう」


 セラの目が、潤んだ。


「ありがとう……ございます……!」


「頭を下げなくていい。一緒に戦ってくれ」


 セラは驚いた顔をした。それから、強く頷いた。


―――――


 同時に、ソルスが別の報告を持ってきた。


「王国内で噂が広まっているようです。王都に残っている研究仲間から連絡が来ました」


「どんな噂が」


「カイン・アーヴェルが生きている。魔族の王になった。二千の軍勢を一人で止める壁を作った。聖女リーナが魔族側についた。勇者アルベルトが決闘で敗れて魔力を永久に失った」


「全部本当だな」


「全部本当です」ソルスは眼鏡を押し上げた。「庶民の間では『勇者に捨てられた男が魔王になった』という話が広まっていて、面白がっている者も多い。中には『アルベルト様より強いなら本物の英雄じゃないか』という声も出ているそうです」


 シアが言った。


「王国の上層部にとっては都合が悪い。魔族は悪という教義が崩れ始めている」


「だからこそ」グラザードが続けた。「王国は焦って小さなイルガ集落を叩いてくる。力を見せつけるために」


 俺はセラを見た。


「セラ、イルガ集落の人たちに伝えてくれ。必ず守る」


―――――


 二日後、東の山岳地帯に着いた。


 カイン、シア、リーナ、ソルス、ミル、セラの六人だった。


 山の中腹から見下ろすと、イルガ集落が見えた。石造りの家が並んでいる。かつては温かい場所だったのだろう。でも今は王国軍の旗が立っていた。百人ほどの兵士がイルガ集落に駐留していた。


 セラが洞窟に案内してくれた。三十人の魔族が身を潜めていた。老人、女、子ども。みんな疲れ果てた顔をしていた。セラが「魔王様が来てくれた」と言った瞬間、泣き出した者もいた。


「すぐ終わらせる」俺は言った。「見ていてくれ」


―――――


 一人で山を下りた。


 シアが「一人で行くのか」と言った。


「百人相手に一人で十分だよ」


「……わかった。でも無理はするな」


「しない」


 リーナが「カインさん」と声をかけてきた。


「ん」


「……気をつけて」


「大丈夫だよ」


 イルガ集落の入り口まで歩いていった。


 門番の兵士が気づいた。


「誰だ、止まれ——」


 俺は止まらなかった。


「お前ら、イルガ集落から出ていけ」


 門番が剣を抜いた。後ろの兵士たちが気づき始めた。


「一人か? 正気か」


「正気だよ」


 兵士たちが集まってきた。五人、十人、二十人。


「魔族の手先か。どこから来た」


「魔族領から来た。俺が魔王だ」


 どっと笑いが起きた。


「魔王? こんな若い人間が?」


「角が生えてるぞ」


「混血か何かか」


 俺は深く息を吸った。


 宝玉から授かった力が、身体の中に満ちている。


 封印術の紋様を展開した。でも今日は封印じゃない。攻撃転用だ。訓練でシアと何度も練習したやつ。


 紋様が光った。


「なんだあれは——」


 解き放った。


 衝撃波が扇状に広がった。最前列の兵士十人が、まとめて吹き飛んだ。鎧ごと、武器ごと、数メートル先まで飛んで地面に叩きつけられた。


 静寂。


 誰も動けなかった。


「今のは何だ」誰かが言った。


 俺は次の紋様を展開した。


「魔法使いを前に出せ」後衛から声がした。「術師だ、術式で——」


 魔法使いが術式を放ってきた。俺は結界で弾いた。弾いた瞬間に封印術を返した。魔法使いの魔力回路が封じられた。


「魔力が……使えない」


「次」


 俺は歩き続けた。


 兵士たちが一斉に突っ込んできた。


 封印術を横に広げた。前衛の三十人が足を封じられた。動けなくなった者たちの間を、俺はただ歩いた。


「化け物だ」誰かが言った。


「違う」俺は言った。「これが封印術だ。人間の術式体系の、正当な進化系だ」


 後衛が逃げ始めた。


 俺は紋様を地面に走らせた。逃げようとした兵士たちの足が止まった。


 広場の真ん中に立った。百人の兵士が、全員動けなくなっていた。


 静寂。


「全員の魔力回路を封じる」俺は言った。「抵抗しなければ、命は取らない。ただし封印は永続だ。魔力は二度と使えない」


「待て、待ってくれ——」


 封印術を一斉展開した。


 百の紋様が地面に広がって、一人一人に定着した。


 全員の魔力が消えた。


 静寂。


 百人の兵士が、誰も動けないまま、誰も魔力を使えないまま、俺を見ていた。


「封印は解けない」俺は続けた。「王国に戻って伝えろ。魔族領に手を出すな。次に来たときも同じことをする」


 俺は足の封印だけを解いた。


 兵士たちが我先に逃げ出した。武器を捨てて、鎧を脱ぎ捨てて、山を下りていった。


 あっという間だった。


―――――


 山の上から見ていたセラが、山を駆け下りてきた。


「魔王様……! 一人で……百人を……!」


「終わったよ」


 セラはイルガを見た。王国軍の旗が立っていた。


 俺は旗を引き抜いた。地面に落とした。


「ここはお前たちのイルガだ。戻っていい」


 セラは口を覆った。


 洞窟から三十人の魔族が下りてきた。イルガを見た。自分たちの家を見た。


 老人が地面に膝をついた。子どもが走り出した。母親が泣きながら家の扉を開いた。


 リーナが俺の隣に来た。


「……すごかったです」


「大したことないよ」


「大したことあります」リーナはイルガを見た。「みんなの顔を見てください」


 俺は見た。


 泣いている者、笑っている者、抱き合っている者。


 ヴェルダークが奇跡の壁を作ったとき、兵士が涙を流していた、あの光景と同じだった。


 シアが俺の隣に来た。


「次は壁を張るぞ」


「そうだな」


「息吹の核も作る。イルガにも光を持ってこよう」


 俺はシアを見た。シアはイルガを見ていた。その横顔が、柔らかかった。


「うん」俺は言った。「やろう」


―――――


 王国軍の生き残りが王都に戻った話は、後から伝わってきた。


 百人が一人にやられた。魔力を全員封じられた。魔王は人間の姿をしているが、角が生えていて、一人で百人を相手にしても傷一つなかった——。


 その噂は、王国中に広まったという。


 ソルスの研究仲間から連絡が来た。


「王都が震えています」


 俺はその報告を聞きながら、イルガに奇跡の壁を張り終えたところだった。


 白と紫の光が、山の中腹に静かに輝いていた。

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