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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第4章

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■ 第27話「補佐官」

 夜、宿舎に戻ったとき、シアが部屋の前に立っていた。


 腕を組んで、壁に背を預けていた。


 俺を見た瞬間、すっと目が細くなった。


「シア? どうした」


「入れ」


「え?」


「部屋に入れ」


 有無を言わさなかった。怖い。


―――――


 部屋に入ると、シアが扉を閉めた。


 向き直って、俺を見た。


 無表情だった。でも目の奥に何かが燻っていた。何をしたんだ俺は。


「何かあったか」


「ある」


「何が」


 シアは少し黙った。


「リーナ・フォーレンに、キスされた」


「あれは突然だったから——」


「突然ならいいの」


「え?」


「突然ならいいのかって聞いてる」


 俺はシアを見た。シアは俺を見ていた。


 なんで怒られているのか、よくわからなかった。


「まあ……突然だったし、すぐ防護結界の話になったから」


「なったから、何」


「なんか問題あったか?」


 シアの眉が、わずかに動いた。


「問題ある」


「どんな問題が」


「……」


 シアは黙った。


 俺も黙った。


 沈黙が続いた。


「シア、俺何かまずいことしたか」


「まずいことはしてない」


「じゃあなんで——」


「まずいことはしてない」シアは繰り返した。「ただ、なんか、むかつく」


「なんで」


「わからない」


 俺は完全に困惑した。


 怒ってるのか。怒ってない? でもむかついてる? 何に? 俺に? なんで?


 シアも困惑しているようだった。自分でも理由がわからなくて、でもむかついているという顔だった。なんだその顔。


「リーナと仲良さそうにしてるのも」シアは続けた。「なんか、むかつく」


「リーナは大変な過去があって——」


「知ってる」


「知ってて、それでも」


「むかつくものはむかつく」


 シアは腕を組み直した。自分でも何を言っているかわからなくなってきているようだった。


「……もういい」


「もういいって」


「忘れろ」シアは顔を背けた。「ただ、一つだけ言う」


「何が」


 シアは俺を見た。


「私が補佐官なの、忘れないでよね」


 シアの銀色の瞳が、俺の碧い瞳を真っ直ぐ見ていた。


 その言葉が、静かに落ちた。


 怒りじゃなかった。


 なんだろう。なんか違うものだった。胸のあたりに引っかかる何か。


「忘れてないよ」


「……わかればいい」


 シアは扉に向かった。


「シア」


「なに」


「怒ってたのか」


 シアは少し止まった。


「怒ってない」


「そうか」


「……怒ってない」


 シアは出ていった。


 俺は部屋に一人残った。


 ……なんだったんだ今の。


 怒ってたのか怒ってなかったのか。むかついてるのかむかついてないのか。全部わからない。


 でも「補佐官」って言い方だけが、なんか引っかかった。


 あれは普通の「補佐官」じゃなかった気がする。もっと別の何かを言いたかったような。


 ……わからん。


―――――


 翌朝の訓練場。


 シアはいつも通りだった。完全にいつも通り。昨夜のことなど何もなかったような顔。


 切り替え速すぎないか。俺まだ引きずってるのに。


 訓練が一段落したとき、シアが地面に座ってレナと話していた。


 レナが俺に気づいてにやっとした。


「魔王様、昨夜シアちゃんに怒られたって本当?」


「怒られたのかどうかもよくわからなかった」


「ははは」レナが笑った。「わからないんだ」


「シアはわかるのか」


「女の子はみんなわかるよ」


 シアがレナを一瞥した。


「余計なことを言うな」


「はいはい」


 レナはけらけら笑いながら立ち上がって行った。


 シアは前を向いた。


 俺はシアの隣に座った。


「シア」


「なに」


「昨夜はごめん。何に怒らせたかわからないけど、なんかごめん」


 シアは少し黙った。


「怒ってない」


「そうか」


「……謝られると、なんか変な気分になる」


「どんな気分」


「……わからない」シアは膝の上に手を置いた。「カインはほんと鈍い」


「よく言われる」


「自覚あるなら直せ」


「何を直せばいいかわからない」


 シアはため息をついた。


 でもその口元が、ほんの少し緩んでいた。


―――――


 昼過ぎ、シアと二人で地図を確認していた。


 ソルスが壁の術式データを持ってきて、三人で確認する予定だったが、ソルスが来る前の少しの時間だった。


「ねえ、カイン」


「ん」


「昨日の決闘、他の人の魔力回路も全部奪えばよかったんじゃないの」


 俺は地図から目を上げた。


「ダイゴとザックも、ってこと?」


「そう。抵抗してきたわけでもないのに見逃した」


「あいつらは戦ってこなかったから」


「でも向こうが攻めてきたらどうするの」


「攻めてきたらする」俺は言った。「抵抗してきたら全員の魔力回路を封じる。でも向こうから手を出さないなら、こちらからもしない」


 シアは少し考えた。


「……それがカインのやり方なの」


「そうだよ。魔族は争いたいわけじゃないだろ。俺も同じだ」


 シアはしばらく黙って地図を見ていた。


「……まあ、いいけど」


「よくない?」


「いい、って言った」シアはちらっと俺を見た。「でも向こうが来たら容赦しなくていいよ」


「わかってる」


「ダイゴはまた来る気がする。剣士としてのプライドがあるから、このままじゃ終われない」


「そうだな」


「そのときは封じていい。剣を振る力ごと」


 シアの声が、静かだった。感情的じゃなかった。ただ、真剣だった。


「カインを傷つけようとするなら、容赦しなくていい」


 俺はシアを見た。


 シアは地図を見ていた。白い横顔が、真剣だった。


「……ありがとう」


「補佐官の仕事だ」


 シアはそう言って、また地図を指差した。


「次はここの壁を広げる予定だったよね。ソルスが来たら確認しよう」


 普通の口調だった。


 でもその「補佐官の仕事だ」が、昨夜の「私が補佐官なの、忘れないでよね」


 シアの銀色の瞳が、俺の碧い瞳を真っ直ぐ見ていた。と繋がった気がした。


 同じ言葉なのに、違う意味に聞こえる。なんだそれ。暗号か。


―――――


 夕方、リーナが俺に声をかけてきた。


「カインさん、シアさんと何かあったんですか」


「なんで」


「なんとなく、今日シアさんの様子が」


「普通だったろ」


「普通なんですけど、なんか、いつもと違う普通というか」


 リーナは難しい顔をした。


「……私のせいですか」


「違うと思う」


「本当に?」


「たぶん」


 リーナはしばらく黙っていた。


「カインさんって、本当に鈍いですね」


「シアにも言われた」


「二人から言われてるなら本当に鈍いんですよ」


 リーナは苦笑した。草色の瞳が、少し困ったように笑っていた。


「私も人のことは言えないですけど」


「リーナも鈍いのか」


「違います。鈍くないから余計につらいんです」


 俺にはその意味がよくわからなかった。


 ……鈍くないから余計につらい? どういうこと?


 リーナはため息をついて、「おやすみなさい」と言って部屋に戻っていった。


 俺は一人で夜空を見上げた。


 今日一日を振り返った。シアにむかつかれて、レナに笑われて、シアに鈍いと言われて、リーナにも鈍いと言われた。


 全員から何かを言われた気がするけど、何を言われたのか一つもわかってない。


 ……これが鈍いってことか。

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