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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第3章

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■ 第20話「宝玉の試練」

 魔王就任の声明が出てから三日間、集落はずっと賑やかだった。


 どこを歩いても声をかけられた。


「魔王様、おめでとうございます!」

「救世主様、本当によかった!」

「やっと魔王様が来てくださった! 百年待ってた甲斐がありました!」


 俺はその度に頭を下げて、ありがとうと言い続けた。正直、まだ実感がなかった。


 テオが俺の外套を引っ張った。


「カイン、集落の入り口のおじいさんが泣いてた! 生きてるうちに魔王様が来てくださったって!」


「そうか」


「カインが魔王でよかった!」


 テオは笑顔で駆けていった。


 俺はその背中を見送りながら、空を見上げた。


 魔王、か。


 まだ、本当の意味での魔王じゃない。


 グラザードに言われていた。正式な魔王になるには、宝玉の試練を受けなければならないと。


―――――


 宝玉の試練について、ムルトゥスから説明を受けたのは二日前だった。


 老長老は俺を部屋の奥に招いて、静かに話し始めた。


「魔王の宝玉は、先代魔王が力を込めた特別な石だ。歴代の魔王はすべて、この宝玉に触れて力を授かった。宝玉は触れた者の資質を確かめる。魔王に相応しいと判断すれば、力を授ける。相応しくないと判断すれば——」


「拒否する」


「そうだ。宝玉が拒否した場合、正式な魔王にはなれない」


 俺は黙って聞いた。


「一つ、正直に言っておかなければならない」ムルトゥスは続けた。「宝玉は歴代、魔族にしか力を授けたことがない。人間がこの試練を受けるのは、あなたが初めてだ。宝玉が人間であるあなたを弾く可能性は……低くない」


 将たちの間に、重い沈黙が落ちた。


 老将が口を開いた。


「正直に言えば、我々も懸念している。宝玉は魔族の力の結晶だ。人間の身体がそれを受け入れるかどうか、誰にも確証がない」


 グラザードも腕を組んだまま黙っていた。その表情が、珍しく険しかった。


「ただ」ムルトゥスは続けた。「宝玉が拒否したとしても、あなたが我々の救世主であることは変わらない。指導者として、救世主として、民を救ってくれればいい。宝玉の結果がどうであれ、我々はあなたについていく」


 それを聞いたとき、グラザードも将たちも補佐官たちも、全員が頷いた。


 シアが俺を見た。


「結果なんて関係ない」シアは静かに言った。「これだけ民が喜んで、育って、協力してくれている。宝玉がどう言おうと、カインは私たちの魔王だ」


 レナが腕を組んだ。


「気楽にやれよ。失敗してもみんないるから」


 老将も頷いた。


「我々将一同、結果がどうであれカイン・アーヴェル殿を魔王として支持する。それは変わらない」


 俺はみんなの顔を見た。


 真剣な目だった。でも、温かかった。


「……わかった。やってみる」


―――――


 儀式の日、広場に集落の全員が集まった。


 中央に台が設けられた。その上に、布に包まれた何かが置かれていた。


 ムルトゥスが台の前に立った。


 広場が静まった。風の音だけが残った。


「本日、カイン・アーヴェルが魔王の宝玉の試練を受ける。宝玉が力を授ければ、正式な魔王として認められる。どうか静かに見守ってほしい」


 ムルトゥスは布をゆっくりと取り除いた。


 宝玉が現れた。


 拳大の石だった。深い紫色で、内側から微かに光っていた。表面はなめらかで、長い年月を経た重さが見た目からも伝わってくる。先代魔王の力が込められた、百年前の遺物。


 俺は台の前に立った。


 全員の視線が集まっていた。


 正直、緊張していた。弾かれたらどうなるのかも、まだわからない。宝玉が人間を拒否したとき、ただ光が消えるだけなのか、それとも反発して俺が吹き飛ぶのか。ムルトゥスも「経験がないからわからない」と言っていた。


 広場を見渡すと、民たちの顔に祈るような表情があった。子どもを抱いた母親が目を閉じていた。老いた兵士が手を組んでいた。みんな、弾かれないことを願っていた。


 グラザードが俺の隣に来た。小声で言った。


「気負うな」


「……わかってます」


「わかってない顔をしている」


 俺は少し笑った。


 シアが反対側から近づいてきた。俺の袖をそっと引っ張った。


 その指先が、少し冷たかった。シアも緊張していた。


「カイン」


「ん」


「大丈夫」シアは俺を見た。銀色の瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。「絶対大丈夫だから」


 その一言で、肩の力が抜けた。


「ありがとう」


 シアは頷いて、一歩下がった。


 俺は宝玉に向き直った。


 深呼吸をした。


 手を伸ばした。


 宝玉に、両手を乗せた。


―――――


 次の瞬間、熱が来た。


 手のひらから、身体の中に何かが流れ込んできた。


 熱い、とは違う。


 温かかった。


 ものすごく、温かかった。


 川が流れ込んでくるみたいだった。いや、川じゃない。もっと大きい。海みたいな、果てのない何かが、俺の身体の中に流れ込んでくる。


 力強かった。でも、優しかった。


 押しつぶされるような強さじゃない。包み込まれるような、受け入れられるような感覚だった。


 まるで、ずっと探していた何かが、やっと手の届く場所に来たみたいな。


 俺は目を閉じたまま、その流れを受け止めていた。


 どれくらい経ったかわからなかった。


 そのとき、宝玉が光った。


 まぶしいくらいの白い光が、宝玉から溢れ出した。広場全体が白く染まった。


 誰かが息を飲んだ。


―――――


 光が収まった。


 シアが駆け寄ってきた。


「カイン! 宝玉が答えた! よく耐えたわね! 辛かったでしょう!?」


 俺は目を開けた。


「いや」


「え?」


「心地よかったよ。ものすごく」


 シアが固まった。


 広場がざわめいた。


「心地よかった……?」


「うん。温かくて、気持ちよかった」


 ムルトゥスが目を丸くした。将たちが顔を見合わせた。レナが「は?」という顔をしていた。


「普通は激痛に近い感覚のはずなのだが……」


 グラザードが低い声で言った。


「規格外だな、本当に」


 そのとき。


「魔王様!」


 テオが叫んだ。


「角が! 角が生えております!!」


 広場が一気に騒然となった。


「本当だ!」

「角が!」

「髪の間から!」


 俺は慌てて自分の頭に手を触れた。


 あった。


 白銀の髪の間から、左右に一本ずつ。長さは指一本分ほど、細くてなめらかな角だった。髪の中に半ば埋もれるくらいの小ささで、言われなければ気づかないかもしれない。でも確かにある。指先で触れると、なめらかで、温かかった。


 ルナリアが両手で口を覆った。目が潤んでいた。


「根元が白くて……先が水色です……」


 俺は頭に手を当てたまま、固まっていた。


 角が、生えた。


 俺に、角が。


「……俺、魔族になったのか?」


 ムルトゥスが静かに言った。


「人間のままだと思う。でも、宝玉の力と、あなたの力が融合した。人間でも魔族でもない、新しい何かになったのかもしれない」


「新しい何か」


「予言にもそう書かれていた。『人の身でありながら我らの力と交わる者』——人間であることは変わらない。でも、我らの力を持つ。そういう存在だ」


 俺は自分の手を見た。


 魔力が、以前とは全然違う感覚で満ちていた。身体の奥から溢れ出してくるような、底なしの力の感覚があった。


 広場の全員が、俺を見ていた。


 静寂の後、老将が跪いた。


「魔王様」


 将たちが続いた。全員が跪いた。


 民たちも、一人ずつ頭を下げていった。


 テオが跪きながら、でも顔を上げてにっと笑った。


「角、似合ってるよ! カイン!」


 俺は少し笑った。


「ありがとう、テオ」


 シアが俺の前に来た。


 みんなと同じように跪いた。


 でも顔を上げて、真っ直ぐ俺を見た。


「……魔王様」


 その口調はいつも通りだった。でも目が、少し潤んでいた。


「シアはカインでいいって言っただろ」


 シアは少し黙った。


「……カイン」


 その声が、やっと来た、と言っているみたいだった。


 俺は頭の角に手を触れた。


 根元が白くて、先が水色。


 魔族でも人間でもない、新しい何か。


 でも、ここが居場所だということだけは、はっきりわかった。

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