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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第3章

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■ 第19話「魔王」

 朝の訓練が終わった後、シアと二人で術式書を見ていた。


 広場の端、いつもの場所に並んで座っている。


「ここの紋様の展開順、変えた方が速くなると思う」シアが術式書を指差した。「今は左から右だけど、中央から外側に向けて展開すると息吹の取り込みが均一になる」


「なるほど。試してみる」


「……あと」シアはちらっと俺を見た。「昨日の訓練、見てた」


「どのへん」


「レナと走り合ってたところ。あのスピード、また速くなってた」


「息吹の核のおかげかな」


「……うん」シアは術式書に目を落とした。「格好よかった、けど」


「けど?」


「……なんでもない」


 シアは耳を赤くして、術式書をめくった。


 そこにレナが走ってきた。


「カイン! シアちゃん! 軍議の招集だって!」


 シアはすっと表情を戻した。いつもの無表情に。


「わかった」


 俺はその切り替わりを横目で見た。


 二人のときと、人が来たときのシア。毎回はっきり違う。


 レナは俺の隣に割り込んで腕を絡めてきた。


「一緒に行こー」


「離れてくれ」


「えー」


 シアがレナを横目で見た。無言で、静かに、でも明らかに視線が冷たかった。


 レナは気づいていなかった。


 俺はこっそり息を吐いた。


―――――


 軍議の間に入ると、いつもより人数が多かった。


 円卓に将たちが座り、その後ろに補佐の者たちが並んでいた。グラザードが上座に立っていた。ムルトゥスも来ていた。


 全員が俺を見た。


 グラザードが口を開いた。


「今日の軍議は一点だ。次期魔王の推挙について」


 室内が静まった。


「数日前、集落の民からカイン・アーヴェル殿を次期魔王に推挙する声が上がった。以降、各地の駐屯地からも同様の声が届いている。今日はこれを正式に議題とする」


 老将が立ち上がった。


「将一同を代表して申し上げる。カイン・アーヴェル殿は、来てから今日まで、我々が百年間できなかったことを成し遂げてきた。北、東、南の壁。土地の回復。息吹の核。そして民の希望を取り戻してくださった」


 老将は俺を見た。


「人間であることは関係ない。予言が示した通り、あなたは我らの力と交わる者だ。我々将一同、カイン・アーヴェル殿を次期魔王として推挙する」


 グラザードが全員を見渡した。


「異論のある者は」


 沈黙。


 誰も立たなかった。


「賛成の者は」


 全員が、同時に立ち上がった。


 満場一致だった。


 グラザードが俺を見た。


「カイン・アーヴェル。受けるか」


 俺は一拍置いた。


 昨夜、息吹の核の前で考えた。答えは出ていた。


「受けます」


 室内がどよめいた。将たちが頭を下げた。ムルトゥスが目を閉じて、唇を動かした。


 グラザードは静かに頷いた。


「よかった」


 その一言だけだった。でも、それで十分だった。


―――――


 その日の夕方、正式な声明が出された。


 広場に集落の全員が集まった。


 グラザードが高台に立って、声を張り上げた。


「本日より、カイン・アーヴェルを魔族の新たな王として認める。予言の救世主にして、我らの魔王だ」


 広場が揺れた。


 歓声が上がった。角を持つ者たちが一斉に声を出した。子どもたちが跳び上がった。テオが俺に飛びついてきた。


「カインが魔王だ!!」


「そうなったな」


「すごい!!魔王様!!」


「テオはカインでいいよ」


「えー! 魔王様って呼びたい!」


 レナが俺の肩を叩いた。


「魔王様かー。似合うじゃん」


「まだ慣れない」


「慣れろよ」レナはにやっとした。「じゃあ私は救世主様って呼ぼうかな」


「どっちでもやめてくれ」


 周りから「魔王様」「救世主様」という声がどんどん上がってきた。


 俺は苦笑いしながら、人混みの中でシアを探した。


―――――


 シアは広場の端に立っていた。


 人混みから少し離れた場所で、歓声を眺めていた。


 俺が近づくと、シアが振り返った。


「おめでとう」


 いつもの口調だった。でも目が笑っていた。


「ありがとう」


「魔王様って呼んだ方がいいか」


「シアはカインでいい」


 シアは少し黙った。


「……うん、カインがいい」


 柔らかい声だった。


 俺は少し迷ってから、言った。


「シア、一つ謝らないといけないことがある」


「何」


「補佐官の人事を、相談せずに決めた。魔王補佐官に、シアを推挙した」


 シアは少し固まった。


「……私を?」


「シアが一番適任だと思った。術式の知識も、予言の理解も、俺の戦い方を一番わかってる。でも勝手に決めてしまった。嫌だったら断っていい」


 シアは黙っていた。


 俺は続けた。


「本当に、相談なしに決めてしまってごめん」


 シアはまだ黙っていた。


 俺が何か言いかけたとき、シアが動いた。


 一歩踏み出して、俺の胸に飛び込んできた。


 小柄なシアの顔が、俺の胸元に埋まった。細い腕が、俺の外套をぎゅっと掴んだ。


 俺は驚いて、固まった。


「……シア?」


 答えはなかった。


 でも、シアの肩が小さく震えていた。


 しばらくして、くぐもった声が聞こえた。


「……嬉しい」


「え」


「嬉しいって言った」シアの声が、少し震えていた。「カインが、私を選んでくれた。ありがとう」


 俺はシアの背中を見た。


 白い装束に、真白の髪。小柄な身体が、俺の胸元にすっぽり収まっていた。


 なんか、胸が温かかった。


「ありがとうはこっちの言葉だよ。頼りにしてる」


 シアは答えなかった。


 でも、外套を掴む手が、少し強くなった気がした。


 しばらくして、シアがそっと離れた。


 顔が真っ赤だった。目元が濡れていた。それを隠すみたいに、さっと顔を背けた。


「……補佐官として、全力でやる」


「頼む」


「……絶対に、カインの役に立つ」


 その声が、いつもより少し強かった。


 俺は笑った。


「知ってる」


 シアはまだ顔を背けていた。でも耳が真っ赤なのは、遠目からでもわかった。


―――――


 そのとき、レナが走ってきた。


「二人でなんの話してたの!」


「補佐官の話だ」


「シアちゃん顔赤くない?」


「赤くない」


「めちゃくちゃ赤いじゃん」


「うるさい」


 シアはいつもの口調に戻っていた。でもまだ耳が赤かった。


 レナが俺を見た。


「魔王様、シアちゃんのこと大切にしてあげてよ」


「する」


 答えたら、レナが「えっ」という顔をした。


「即答した」


「何がおかしいんだ」


「いや……カインが素直に言うとは思わなくて」


 レナはしばらく俺を見て、それからシアを見た。シアは前を向いていた。耳がまた少し赤くなっていた。


 レナは笑った。


「いい魔王になりそう」


 広場では、まだ歓声が続いていた。


 息吹の核が、白と紫の光で静かに脈打っていた。


 俺は魔王になった。


 なんか、まだ実感がない。でも。


 隣にシアがいた。


 それで、十分な気がした。

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