表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/102

■ 第16話「二人と一人」

 朝の訓練で、レナに初めて勝った。


 正確には、引き分けに近かった。でもレナが「参った」と言ったのは間違いなかった。


 レナは剣を収めながら、俺を見た。


「カイン、本当に強くなったね」


「ようやくだな」


「もうこの集落でカインに勝てるやつ、いないんじゃないかな」


「グラザードさんには勝てない」


「将軍は別格だから」レナは腕を組んだ。「でも将軍以外なら、もう誰も勝てないと思う」


 俺は少し考えた。集落に来てから何ヶ月経っただろう。最初はレナに三回やって三回とも剣を喉元に突きつけられていた。それが今日、初めて勝てた。


「シアのおかげだな。術式の精度が上がった」


「レナのおかげでもあるよ」


「それはそうだな。ありがとう」


 レナはにっと笑った。


「強い人好きー!」


 そう言って、俺の胸元に飛び込んできた。


 背が低いレナの顔が、俺の胸元にすっぽり埋まった。豊かな胸元が押しつけられる感触があった。俺は少し困った。


「離れてくれ」


「結婚しよー!」


「しない」


「えー。強くてかっこいいのに」


「それとこれとは話が別だ」


 レナは離れなかった。俺の外套をしっかり掴んで、ぶら下がるみたいにしていた。


 そのとき。


 バッ、と音がした。


 シアが走ってきて、レナの腕を掴んで引きはがした。


 一瞬の出来事だった。


 レナが「わっ」と声を上げて、俺から離れた。シアがレナとカインの間に割り込む形で立っていた。


 沈黙。


 レナが目を丸くしてシアを見た。俺もシアを見た。


 シアは、自分が何をしたか気づいたみたいだった。


 白い頬が、みるみる赤くなっていった。


「……シア、どうした」


 シアは口を開いた。閉じた。また開いた。


「……なんとなく」


「なんとなく?」


「……なんとなく、引きはがした」


 レナがにやっとした。


「シアちゃん、嫌だった? 私がカインに抱きついたの」


「……別に」


「別に、って言いながら走ってきたじゃん」


「……走ってない」


「走ってたよ。めちゃくちゃ速かったよ」


 シアは黙った。耳まで赤かった。


 俺はシアを見た。


「シア、もしかして——」


「訓練を続けるぞ」


 シアは遮って、訓練場の中央に歩いていった。背中がまっすぐだった。でも耳の赤みは遠目からでもわかった。


 レナが俺の耳元に来た。


「カイン、今気づいた?」


「何に」


「本当に鈍いね」


 レナは盛大にため息をついた。


―――――


 昼休み。


 レナが先に食事に行って、俺とシアが二人になった。


 訓練場の端に並んで座っていた。


 シアはずっと黙っていた。膝の上に手を置いて、前を向いていた。耳の赤みは少し落ち着いていた。


「シア」


「……なに」


「さっきはありがとう」


 シアはちらっと俺を見た。


「……何が」


「レナを引きはがしてくれたこと」


「……べつに」


「気になったのか、やっぱり」


 シアは少し黙った。


「……少し」


 俺は少し驚いた。シアが認めた。


「正直に言ってくれてありがとう」


「……うるさい」


 でも全然怒った声じゃなかった。むしろ少し恥ずかしそうだった。


「カイン」


「ん」


「レナのこと、好きなの」


 俺はシアを見た。シアは前を向いていた。でも手が膝の上でわずかに握られていた。


「好きじゃない。仲間として好きだけど、そういう意味じゃない」


 シアは少し黙った。


「……そう」


「なんで聞いたんだ」


「……気になっただけ」


 シアはそれ以上何も言わなかった。でも、さっきまで握っていた手が、そっと開いた。


 俺たちはしばらく並んで座っていた。


 シアがぽつりと言った。


「ねえ、カイン」


「ん」


「今日の勝負、見てた」


「そうか」


「……すごかった。レナに勝ったの、初めてだよね」


「初めてだよ」


「……嬉しかった」シアは前を向いたまま言った。「なんか、私まで嬉しくなった」


 俺はシアを見た。シアは前を向いていた。でもその口元が、少し緩んでいた。


「ありがとう、シア」


「……べつに」


 いつもの「べつに」だった。でも今日の「べつに」は特別柔らかかった。


―――――


 夕方、シアと一緒に市場の近くを歩いていた。


 魔族の子どもたちが走り回っていた。新しく建った家の前で、家族が話し合っている。賑やかだった。


「最近、本当に町みたいになってきたな」


「うん」シアは周りを見た。「前は考えられなかった」


「壁を張る前は、こういう景色はなかったのか」


「なかった。みんな、いつ攻めてくるかわからないから、あまり外に出なかった。子どもも、夕方になったら家の中に入ってた」


 俺は子どもたちを見た。今は日が落ちかけているのに、まだ元気に走り回っている。


「それが今は」


「今は外で遊んでる」シアは小さく言った。「夜になっても、明かりがついてる。笑い声が聞こえる」


 シアが俺を見た。二人だからか、いつもより目が柔らかかった。


「カインが来てから、全部変わった」


「俺だけじゃない」


「でも、カインがいなかったら変わらなかった」


 ……返す言葉が見つからなかった。


 シアは前を向いて歩き続けた。


「……ありがとう、カイン」


「何回目だ、ありがとうは」


「何回でも言う」シアはちらっと俺を見た。「いけない?」


「全然いけなくない」


 シアはまた前を向いた。でも今度は、はっきりと口元が緩んでいた。


 笑った顔だった。


 一瞬だったけど、確かに笑っていた。


 俺はそれを見て、なんか胸のあたりがじわっとした。


 ……なんだろうこれ。悪くない。全然悪くない。


―――――


 夜、宿舎に戻る前に、グラザードと少し話した。


「次の壁の拡張は来週から始める。準備はいいか」


「できてます」


「シアも同行させる。あいつがいると術式の展開が速い」


「助かります」


 グラザードは少し間を置いた。


「……シアの様子が変わったな」


「そうですか」


「昔はあんなに笑わなかった」


 俺は少し驚いた。


「笑ってましたか、今日」


「夕方、お前と市場の近くを歩いているとき。遠くから見えた」


 俺は今日のシアの顔を思い出した。口元が緩んでいた、あの一瞬。


「……そうか」


「よかった」グラザードは静かに言った。「本当に、よかった」


 それだけ言って、グラザードは執務室に戻っていった。


 俺は夜空を見上げた。


 星が出ていた。


 奇跡の壁が、遠くで静かに光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ