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7 猫の習性

 フェリスの持ってきてくれたランチは、美味しかった。見た目や彩りよりも、ボリュームと味にこだわったサンドウィッチのお弁当。

 周囲の女性よりもわりと食欲旺盛なことを自覚しているラフニカにも、大満足の内容だ。


「ご馳走様でした。サンドウィッチ、美味しかったです。その……していただくことばかりで、申し訳ありません。お礼に私にもできることがあれば、どうぞおっしゃっていただければ」


「そんなに構えなくても、大丈夫ですって。こうして昼休みにラフニカちゃんと時間を過ごしてるってだけで、俺としては十分なんですから」


 フェリスはそう言うが、東屋(あずまや)は渡り廊下からは死角となっている。あまり人目に触れる機会はなさそうだ。

 これでは、彼の求める「恋人と仲(むつ)まじく昼休憩を過ごしている」ことのアピールにはならないのではないだろうか。


「良い場所でしょう? 俺のお気に入りのひとつなんです」


 そんなことを考えてキョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせていたラフニカに、フェリスは見当違いのことを言う。少し迷ってから、「そうですね」とラフニカは小さく頷いた。



 柔らかな陽光が差し込む東屋は、季節を感じさせないほどに暖かい。周囲を建物に囲まれているからか風も強くなく、まるで温室の中に居るような心地。ぽかぽかした陽気が眠気を誘う。


「こういう居心地の良い場所を見つけるのが上手いとこ、猫って感じがします」


 ぽつりと何気なく呟いてから、猫と猫獣人を同列に扱っていたことに気づいて慌てて言葉を切った。

 だが、フェリスは気を悪くした様子もなく「確かに」と明るく笑い飛ばす。



「猫獣人なんて、言葉が喋れるだけでほぼ猫みたいなもんですよ。――ラフニカちゃんは猫、飼っていたことが?」


「小さい頃に、一度だけ。……でも」


 フェリスに向けて言う言葉ではないとわかっていたが、ラフニカは敢えて言葉を続けた。


「猫は嫌いです」


「へえ。それはどうして? 飼ってた猫がとんでもないヤツだったとか?」


 質問を投げかけるフェリスの声がどことなく慎重に聞こえるのは、何故だろう。

 不思議に思いながらも、ラフニカはゆっくりと首を振る。


「いいえ。むしろすごく良いコでした。粗相もしなかったし、子供の私の遊び相手になってくれる賢いコで。話しかけると真剣な表情で首を傾げて私の言葉を聞いてくれて――本当に、言葉が通じてるんじゃないかって思ってしまうくらい」



 ふっと遠い目をして、「大好きな、一番大事な友達でした」とラフニカは呟く。


「でも、出てっちゃったんです。ある日突然」


 思い出すだけで、気分が沈みそうになる。それを誤魔化すように、ラフニカは無理やり明るい声を出した。



「猫にはよくある話なんですけどね。特に若いオスの猫は、同じところに留まらないものらしくて。……でも、その時はすごくショックでした。あのコとは心が通じ合ってる、って子供心に思い込んでいたものですから。ちょうどその頃辛い出来事が続いたのもあって、すべてに裏切られた気がしちゃって――その当時の気持ちを思い出しちゃうから、猫は嫌いなんです」


「…………」


 苦しそうな表情でフェリスは黙り込む。


「ごめんなさい、変な話をしちゃって。その……猫ってそういうところがあるよね、って言いたかっただけで。執着が薄いというか、ひとつの場所に捕まえておくことはできないというか。だから、これはフェリス様を信用してないとかではないんですけど……」


 しどろもどろに言いながら、ラフニカは自分が失礼なことを言おうとしていると、居た堪れない気持ちに襲われていた。

 でも、これは伝えるべきことだ。心を奮い立たせて、言葉を繋げる。


「その、フェリス様がこの関係が面倒になった時には、いつでも言ってもらいたいんです。フェリス様を縛りつける意図はないので。もしストレスに感じたら――」



「ラフニカちゃんには、ストレスなんです?」


「いえ。むしろ助かってますし、私からこの関係を解消してほしいって言うことはないですよ。でも――」


「まぁ確かに猫ってのが気まぐれで、信用できないって気持ちはわかります。実際、猫の獣人は俺も含めて、そういう奴らが多いですし」


 言葉を重ねようとするラフニカを遮って、フェリスはかぶせるように口を開いた。


「ラフニカちゃんがそういう考えで俺の提案を受け入れてくれたってのは、よーくわかりました。今はまだ、それで良いです」


 でも、と続けながらフェリスはぐいと顔を寄せる。


「猫には一度決めた獲物を執念深く追い続ける、って習性があることも――知っておいた方が良いですぜ?」



 ガラス玉のようなフェリスの瞳のなかで、細い瞳孔がきらりと輝いた。その透き通る眼差しに呑み込まれてしまいそうで、ラフニカは知らず知らずのうちにごくりと喉を鳴らす。


 抵抗することも忘れて彼の顔を呆然と見上げたまま、「それはどういう……」と辛うじて出た声を絞り出した。

 しかし、フェリスはそれに答えずにこりと笑い、「それじゃ」と言ってあっさりと立ち上がってしまう。


「ラフニカちゃんからはこの関係を解消しない、ね。良いことを聞けました。じゃ、明日もここで待ってるんで――頼みますね?」


「……ええ、こちらこそありがとうございます」


 先ほどまでの怪しげな雰囲気は霧散し、目の前に居るのはいつも通りの人当たりの良いフェリスの姿。それに釈然としないながらも、ラフニカはしぶしぶ頷いた。



「ご飯、美味しそうに食べてもらえて良かったです。それで、その……良いですかね」


「え?」


 くるくる変わる彼の表情に翻弄されているうちに、ぐっと両肩を掴まれて、ラフニカは前回の出来事をようやく思い出した。

 返事を待つことなくフェリスの頭が迫ってきて、慌てて口を開く。


「そのっ! 頬擦りは恥ずかしいので……外では……!」


 そこまで言ってから、今の言葉は家の中では良いと言っているようなものだと気がついて言葉を切った。

 一瞬だけ動きを止めてから、フェリスは満足そうな顔で目を細める。


「わかりました、では挨拶だけ」


 ぐい、と肩に頭突きの衝撃がくる。

 この時点で十分恥ずかしいのだけれど、と思いつつも半ば諦めの境地でそれを受け止めた。



「この頭突きってどういう意味があるんですか。ウチの猫もやってましたけど……」


「信頼、挨拶、要求。猫にとっての『ねぇねぇ』みたいなもんだと思ってもらえれば。ちなみに俺のこれは――」


 目線を上げてラフニカと目を合わせてから、フェリスはいたずらな顔で片目をつむる。


「愛情表現、です」


「……調子の良いことばっかり言うんですから」


 ――本当に、猫はずるい。


 思わずその頭を撫でそうになっていたことに気づき、急いで右手をおろした。


 計算ずくのあざとさと、生来から持っている魅力。その二つを自在に操ってこられたら、太刀打ちなんてできるわけがない。

 揶揄(からか)われていることがわかっていても憎めない。それが悔しくて、ラフニカはわざとつっけんどんに言った。


「やっぱり、猫は嫌いです」




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