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6/9

6 わかりやすい反応


「その、ラフニカさん。お昼休憩前に悪いけど、ちょっと良いかな」

「ええ、なんでしょう」


 とうとう部長まで届いたか――そんなことを思いながらも、振り返ったラフニカは落ち着いてうなずいた。



 ――フェリスとの偽恋人関係が始まって、初めての出勤日。


 思っていたよりも情報の拡がりはすさまじく、午前中だけでラフニカはもうフェリスとの関係について十回は聞かれている。フェリスの人気ぶりには驚かされるばかりだ。

 普段なかなか言葉を交わすことがない部長が声をかけてきたのも、きっとその件だろう。


 そう思って顔を上げれば、予想どおり部長は「フェリス君とのことなんだけど……」とラフニカに切り出した。


「その、結婚を前提に彼と付き合っているって聞いたんだけど、本当かい?」



 結婚を前提、とまでフェリスが言い切っているとは。噂の根回しが本気だ。――そんなことを思いながらも、「ええ、そうなんです」とラフニカは涼しい顔で言い切る。 

 それに何故か部長はほっとしたような嬉しそうな表情を浮かべた。


「そうか。それは良かった。気の早い話だけど、おめでとう」


「ありがとうございます――?」


 その安堵の理由がわからなくて首を傾げると、「ああ」と部長は少し言いづらそうに鼻をかく。


「プライベートに踏み込むようで悪いんだけど、騎士団の彼と結婚するってことはラフニカさんも仕事はこのまま続けてくれるのかなって」


「そのつもりですが……」


「それが嬉しくてね。なにせ、君は経理室のエースだから。このままここで働き続けてくれるなら、僕たちとしてもありがたい――そう思ってるんだ」


「そんな、私なんて」


「いやいや、実のところ君の仕事ぶりには感心してるんだ。細かい部分までよく気づいてくれるし、資料の体裁も一貫していてわかりやすい。今回の予算会議だって、ラフニカ君の用意してくれた事前資料のおかげで揉めずに済んだんだから。いつもありがとうね」



 「それじゃ、期待してるよ」――そう言って、あっさり部長は去っていく。

 その恰幅の良い背中を見送りながら、ラフニカはじわじわと胸の内に喜びが湧き上がってくるのを感じていた。


 この国では、女性は結婚したら家に入ることが多い。そのため、女性が男性のように働くのはどうしても難しい状況となっていた。

 さらに笑顔の浮かべられない、愛想の悪いラフニカは、職場に馴染むことすら随分と苦労したものだ。


 それでも簡単なことからコツコツと実績を積み、地道に経験を重ね、少しずつ信用を勝ち取ってきたこれまでの日々。

 その頑張りを評価してくれている人がいる――そう思うと今までの努力が報われる気がして、ラフニカは右手を強く握り締める。


 きっと、呪いがなければ満面の笑みを浮かべていたことだろう。そう思うのに、自分の口角はぴくりとも動かなくて。

 そのことが、ラフニカにはたまらなく悔しかった。


○   ○   ○   ○   ○   ○   ○


 ――そうして昼休みの時間はやってくる。


 フェリスに指定された待ち合わせ場所は、騎士棟と事務棟の間にある中庭であった。

 渡り廊下の向こうにある中庭は通り過ぎる時に目にはするけれど、敢えて立ち入ったことのない場所だ。

 十年近く働いていても、意外と行ったことのない場所は近くにあるのね――そんな新鮮な驚きを覚えながら、ラフニカは辺りを見回した。


 小さな東屋と背の高い木立だけがある、華やかというよりは落ち着いた空間。

 いくつかの木は冬に向けてもう色づきはじめている。その葉を揺らす風が、少しだけ冷たい。


 東屋へと足を踏み入れれば、机に頬杖をついたフェリスが気だるげに目線を上げた。

 ピクピクと動く猫の耳は、きっと随分前から彼女の足音に気づいていたのだろう。机の上には二人分のお茶が用意されている。

 湯気がもうもうと立ちのぼる様子は、それが今用意されたばかりであることを雄弁に語っていた。その湯気とともに広がる芳醇なお茶の香りが、ラフニカの鼻腔を優しくくすぐっていく。



「おつかれさん、ラフニカちゃん」


「フェリス様、お疲れ様です。すみません、お待たせしてしまいましたか」


「いえいえ、俺も今来たみたいなもんですよ。――どうしました? なんだか嬉しそうですね?」


「……わかるんですか?」


 先ほどの部長の言葉は、今もラフニカの気持ちをウキウキと上向かせている。でも、それが顔に出ていないことは確かめたばかりだ。

 不思議に思って、むに、と手を頬に当てた。その様子に、「違う違う」とフェリスは楽しそうに首を振る。


「表情、というより全体的な雰囲気ですね。足取りとか、リラックスした姿勢とか、声の調子とか、そういうの全部ひっくるめてそうなのかな、って。ラフニカちゃん、わりとわかりやすいから」


「……。そんなこと、初めて言われました」


 むしろ表情が顔に出ない分、わかりにくい、とっつきにくいと思われることの方が多い。


「そうかなぁ。じゃ、俺がそれだけラフニカちゃんのことを見てるってだけなのかもしれませんね。――はい、ラフニカちゃんのお弁当。それ食いながらどんな嬉しいことがあったのか、ハナシ、聞かせてくださいよ」


 恥ずかしい台詞を平然と口にしながら、フェリスは隣の椅子を勧める。

 そういうところが相変わらず遊び人っぽいと呆れながらも、ラフニカは大人しくそこに腰掛けた。

 ここまで自分のことを見てくれる人は初めてかもしれない――心の片隅に芽生えたそんな密やかな喜びには、気づかないふりをして。



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