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4 笑えない呪い


「はぁ?」


「別に本当に恋人にならなくても良い。周囲を誤魔化すための、ウソの恋人。実家に挨拶するくらいの協力はしますし、空気の読めないアルマンドのヤツもラフニカちゃんに相手ができれば流石に絡んでこなくなるでしょ」


 とんでもない提案を口にしているというのに、フェリスの表情は真剣だ。


「いっときの同情で、浅はかなこと言い出さないでください。その提案のどこに、あなたのメリットがあるって言うんですか」


「それがあるんですよ」


 バッサリと切り捨てるラフニカの逃げ道を塞ぐように、フェリスはぐいと身を乗り出す。


「ほら俺、この前補佐官に昇格したでしょう? それに伴って、叙爵の話が出てまして。で、団長からそろそろ振る舞いに気をつけろって直々に言われちゃったんですよね。ってなわけで、遊び人のイメージを払拭したい、と」



 す、と自然な動作で手を握られる。

 そういうところが遊び人と言われる所以では、とラフニカは内心で呆れた。

 自分よりやや高めの彼の手は、肌寒くなってきた今の季節には少し心地好い。異性に触れられているのにそこまで嫌な感じがしないのは、彼の手つきから下心を感じないからだろうか。


「叙勲とはおめでたいお話ですね。そこまでの功績を上げられるとは、ご立派です」


「まぁ平民でも特に不便はなかったですけどねぇ。むしろ苗字がない分ラフニカちゃんに名前を呼んでもらえる、って役得もあったし?」


 フェリスはそう言って、真意の読めない顔でへらりと笑う。


「……そんなご立派なフェリス様には、やはり私は不適格ですよ」


 俯いて、さりげなくフェリスの手から逃げようとする。でも、普段は優しい彼の手はしっかりとラフニカを捉えて離さない。


「どうしてそんなに自分を卑下するんです? 俺はラフニカちゃんのこと、本気でイイって思ってるのに」


 至近距離から瞳を覗き込まれる。

 薄暗がりに光る、猫の瞳。そのまん丸な瞳孔に吸い込まれるような感覚がして、「……私は、」と言うつもりのなかった言葉がラフニカの唇からこぼれでた。


「呪われているんです。だから、あなたの恋人にはなれない」



「呪い?」


「そう。笑えない、笑顔を浮かべられない呪い。……恋人を装うにしたって、笑顔ひとつ浮かべられない私相手じゃ無理がありますよ」


 ラフニカの告白に、ハッとしたようにフェリスは息を呑む。


「それは……もしかして」


「ええ、ジファール様と婚約が解消になった理由です。彼がちょっかいを掛けた女の子の中に、本気で受け取ってしまった方が居たみたいで。婚約者である私が邪魔だったんでしょうね。――私も、そこまで恨まれてまで彼と婚約を続ける気力もなくて」


「呪いをかけた相手は、わかっているんですか」


「いいえ。でも、もう良いんです。これ以上彼に関わることが嫌だったので」



 呪いにかけられた瞬間のことは、今でも夢に見る。「アンタさえ居なければ――!」そんな呪詛の声と共に、目の前に広がった黒いモヤ。

 闇に呑み込まれる寸前、獣の断末魔のような悲鳴が耳をつんざいて。そして真っ黒に染まった視界の中でじわじわと呪いが精神を浸してくるのを感じながら、彼女の意識はふつりと途切れたのであった。


「でも、呪術師の先生の見立てでは、かけられた呪いのわりには随分と影響が軽くて済んだみたいなんです。本来なら起き上がれなくなるくらい苦しむことになっても、おかしくなかったって」


 だから運は良かったんですよ、とラフニカは気にしていないことを示すように軽く肩をすくめて述べる。


「この呪いも、とけないものではないらしいですし。ただ、それには『絶対に負けない』って強い想いが必要って言われて……思っちゃったんです。そこまでする必要もないな、と」


 そんな風に思ってしまうようでは、きっと呪いに打ち勝つことはできないだろう。だから、諦めた。

 実際多少の不便はあるけれど、「この呪いさえなければ!」と強く感じた経験は今まで一度もない。



「……そいつは大変でしたね」


 フェリスの言葉を選んだ相槌に、ラフニカは自嘲ぎみにつぶやいた。


「呪い持ち、愛想なし、そして若くも可愛くもない――これで自分に自信がある方が、どうかしてるでしょう」


「でも、俺はそうは思わない」


 掠れた声でフェリスはそう言って、ぎゅっとラフニカを握る手に力を込める。


「俺は本気で言ってます。ウソの恋人で、構わない。いつやめたって良い。ラフニカちゃん……俺に、貴女を守らせてもらえませんか」



 気まぐれで掴みどころのない、飄々としたいつもの遊び人のフェリスの姿はそこにはなかった。

 真摯で、切実で、いっそ縋るような彼の視線に、ラフニカは怯む。――これじゃ、まるで本当に彼に求められているようではないか。


「……本当にフェリス様にメリットはありませんが、それで良いのなら」 


 しばらく迷った末にそんな答えを口にしたのは、何故だろう。

 後になっていくら考えてみても、ラフニカにはわからなかった。ただ、彼の挙げるメリットに釣られたから、だけでないことは確かだ。


 ――お酒に酔っていたから? 彼の真剣な瞳に引き込まれて?

 それとも……『貴女を守らせて』なんて今まで言われたことのない口説き文句に、柄にもなくドキッとしたからだろうか。


 いずれにせよ、口から出た言葉は消せなくて。

 その答えを聞いたフェリスがあまりに幸せそうに微笑んだので、酔っ払ったラフニカは「まぁいっか」と考えることを放棄したのであった。


 ――所詮、ウソの恋人。長続きすることはないだろうし、深く考える必要もないだろう……そんな結論に納得して。



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