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3 それなら、俺と……


 ツイてない時というのは、ツイてないことがとことん重なるものだ。


 今日という日は、まさにそれだった。

 上の思いつきに振り回されてあちこち駆け回され自分の仕事はなかなかできず、関連部署からは担当外の苦情をぶつけられ、ようやく帰れる時間になったと思ったらお気に入りのハンカチはどこかになくしていて――そんな不運が続き、寮へと戻ったラフニカはすっかり疲弊していた。それはもう、十分すぎるほどに。


「おかえり、ラフニカさん。ご実家から手紙が届いてますよ」


 それなのに、そんな彼女が管理人から渡されたのは、いわば今日というドン底の一日にトドメを刺す最悪の内容で――。


「こんなの! 飲まなきゃやってられないわ!!」


 ――普段は真面目で実直なはずの彼女は、そうして憤然と夜の街に繰り出して行ったのである。


○   ○   ○   ○   ○   ○   ○


「本っ当、もうやってらんない!」


 魂の叫びとともにジョッキを机に叩きつけると、少しだけ気持ちがスッとしたように感じる。

 今まで試したことはなかったけれど、確かにお酒はストレス発散に効きそうだ。


 店主におかわりを頼みつつ、ラフニカはぐい、ともう一度酒を煽った。

 ――これで、六杯目。まだまだ、夜は長い。今夜は、いくらでも飲みたい気分だ。


「良い飲みっぷりですねぇ。隣、良いですか?」


「好きにしたら!!」


 知っている声だな、と思うより先に反射的に答えていた。その声にすかさず隣に座った相手を見て、ラフニカはわずかに怯む。


「? どうしました?」


「いえ、まさかフェリス様だとは気づかなくて」


「へぇ? 隣に座る相手が誰かも気にせず飲んでるなんて、ねぇ……貴女が居ることに気がつけて良かったですよ、本当に。――それで? そんなに荒れてるなんて、ラフニカちゃん、何かあったんですかい?」



 少しだけ答えを躊躇って、ラフニカは腹を括った。

 この際、もう誰でも良い。自分の不満を聞いてほしい。この鬱憤をぶつけて……そして叶うことなら、慰めてほしい。


 ――きっと、普段なら絶対そんな結論にはならなかっただろう。でも、今日一日積み重なったストレスとお酒はラフニカを確実に弱らせていて。


 気がつけば、彼女は苦手なはずのフェリスに向かって口を開いていたのだった。


○   ○   ○   ○   ○   ○   ○


「なっにが嫁き遅れよ、年増よ! 余計なお世話でしかないわ! 挙げ句の果てに『僕のことは諦めて』ですって!? こっちから願い下げよ、あんな男!!」


 新しく頼んだジョッキをぐいと呷り、ラフニカは思いの丈を全力で叫んだ。

 彼女の全力の咆哮は、呆気なく酒場の喧騒に紛れていく。でも気兼ねせず声が出せるその騒がしさは、却って今の彼女にはありがたかった。


「それだけでも嫌になるってのに、実家からは『早く結婚しろ』の連絡! 相手が居ないなら勝手に見合いを決めるって……横暴よ、横暴!」



「えぇと……ちょっと気になったんですけど」


 いつまで経っても愚痴の終わらぬラフニカに、フェリスは遠慮がちに口を挟む。


「その……ラフニカちゃんってアルマンド・ジファールと婚約してるんじゃ?」


「――よくそんな古い情報、知ってますね」


 思いがけない質問に、一瞬毒気を抜かれた。

 フェリスの情報網は随分と広いらしい。そんな昔の、今は消えた話なんて、関係者以外もう誰も知らないと思っていたのに。


「子供の頃の、大昔の話ですよ。もうとっくに解消されてます。解消されてて良かったって思うけど! ええ、本当に心から!!」


 ニヤついたジファールの顔が脳裏に浮かび、ラフニカは顔を歪める。


「女性にモテる色男とか、バッカみたい! ただの軽薄な遊び人じゃない!」


 吐き捨てた言葉に、何故かフェリスは雷に打たれたような顔を浮かべた。どうしたのだろうと言葉を切ると、フェリスは慎重に言葉を選んでから口を開く。


「遊び人は……嫌いで?」


「当然でしょ! 女性にモテるのはジファール様が魅力的だから、って婚約者だったときは思いこもうとしてたけど……要は不誠実で上っ面なだけ。そんな男、こっちから願い下げよ! 向こうはそう思ってないみたいだけど!!」



 何故かショックを受けたような顔で黙り込んだフェリスを見て、ラフニカは少しだけ申し訳ない気持ちを覚えた。今言っていたのはあくまでジファールのことで、フェリスを(おとし)めたつもりはなかったからだ。


 でも、遊び人が嫌いなのは本当のことだ。訂正する気持ちは起きない。

 少し気まずくなって彼から目を逸らしつつ、ラフニカはずるずると机に突っ伏した。


「別に私、家に迷惑なんて掛けてないのに……一人でだって、やってけるのに……」


 仕事だって、ようやく認められるようになってきたのだ。最近では任される範囲も増えてきた。

 経理を預かる職務は煙たがれることもあるけれど、それでもやり甲斐を感じてきた。使途不明金をゼロに持って行ったときの爽快感なんて、この仕事をやっていなければ絶対知ることがなかった喜びだろう。

 ――それなのに。


「何よ、嫁き遅れの姉が居ると弟が結婚できないって……。結婚したら、仕事なんて続けられないじゃない。そもそも無愛想で面白みもないうえに仕事を続けたがる女、結婚相手にしたいと思う人が居るわけないし……」



「そんなこと、ないと思いますけどねぇ」


 手の中のグラスを弄びながら、フェリスは相槌を打つ。

 その心あらずな態度に、「いい加減なことを言うな」と返そうとしたところで、フェリスはもう一度口を開いた。


「それなら俺と……恋人ってコトにしません?」



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