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出戻りマーメイド  作者: 未羊


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第92話 おそろしくこわいあるじ

「にゃあ」


 あの女から逃げ出したの日の夜、あたしは主のところにやってきたにゃ。

 窓をカリカリ引っかくと、主はいらついた顔をしながらもあたしを部屋に入れてくれたにゃ。


「なによ、この獣風情が」


 突き刺すような冷たい視線が怖いのにゃ。

 でも、あたしは思い切って今日のことを報告するのにゃ。


『主にいい情報を報告するのにゃ』


「いい情報?」


 あたしが切り出すと、主がものすごく食いついたのにゃ。にしし、普段やられてばかりのお返しにゃ。

 だけど、あんまり調子に乗ると、この間のように窓から放り投げられてしまうにゃ。あたしじゃなかったら死んでたのにゃ。


『主、あの女、自分の世界に戻りたがっているようなのにゃ』


「自分の世界? ああ、まぁめいどとかいう姿になった世界のことか。そう、戻りたがっているのね」


 あたしの渾身の報告のつもりだったんだけど、なんだか主の反応が悪いのにゃ。

 いやはや、どういうことなのかなんかよく分からないのにゃ。


「なんだろう。あたしとしては嬉しい情報のはずなのに、なんだかそれじゃよくないような気もして……。ああ、あの人の心を惑わせる存在なのに、私ったら一体どうしちゃったのよ……」


 あたしの目の前で、主が思いっきり悩み始めたのにゃ。指が頬にめり込むような勢いで力が入っているのにゃ。一体どうしちゃったのにゃ?!

 うう、人間っていうのはよく分からないのにゃ……。


『主ぃ……。あの女が戻りたがっているのなら、協力してやってはどうですかね。主の力で別の世界に飛ばしたんですよね?』


 どう声をかけていいのか分からないけれど、あたしは主に協力してはどうかと提案してみる。

 だけど、主から返ってきたのは、怒りに満ちた恐ろしい目だったにゃ。ひぃ、怖いのにゃ!


「お前、どの口がそんなことを言っているんだ。それを話すということは、私が人間でないことを証明することになる。あの女が知ることになれば、田均命と波均命も知ることになるだろうが。やはり獣の知能など、妖怪になっても知れているというものだな」


『ひぃっ! お、お許しください、主!』


 主はものすごい剣幕であたしを睨み付けてくるにゃ。

 や、やばい。このままじゃ、あたしは毛皮を剥がれてしまうのにゃ。その恐怖から、全身の毛が逆立ってしまっているのにゃ。

 あたしの全身から、汗が噴き出てくる。あたしはどうしたらいいのにゃ……。

 主のものすごい目力の前に、まったく動けなくなってしまったのにゃ。


「ふぅ……。だけど、私があの人を手に入れる手段の一つとして考えてはおくわ。一千年以上前、私とあの人は恋仲だったんだからね」


『主……。主がそこまであの男に執着するのって、もしかして未練なのですかにゃ?』


 主がポロリとこぼした内容に、あたしはつい口を挟んでしまう。


「そうよ。ただ、その時の私ではどうしても自分の運命をひっくり返せなかった。だからこそ、こうやって怨霊として存在し続けているのよ。この世界に執着するという点では、お前とは似たような存在かしらね」


『一体何があったのですかにゃ、主』


 怖いけれど、興味が勝ってしまったあたしは、さらに主に聞いてしまう。あとでお仕置きされる恐怖も何のそのという感じだったにゃ。

 だけど、この時の主は、なぜかさっきまで見せていた殺気が完全に引いてしまっていたのにゃ。


「私はもともとこの辺りに住んでいた人間よ。それこそあの二人の神と似たような時代にね」


『そ、そうだったのかにゃ?!』


「あの頃は生贄の習慣があってね。私は、その生贄になって死んだ、たった十三歳の少女だったのよ。だけど、生とあの人への執着が強くてね、それで、こうやって現世に留まり続けたの。そして、あの人の魂が再び現れるのを待っていたのよ」


『にゃんと?!』


 主が身の上を話すなんて、びっくりしたのにゃ。

 これは、何か天変地異が起きる前触れかもしれないのにゃ。


「……なによ、その顔。私が災いを引き起こすとでも思っているわけ?」


『めめめ、滅相もないですにゃ、はい』


 相変わらずの主の迫力に、あたしの全身に寒気が駆け抜ける。いやぁ、本当に怖いのにゃ。


「はぁ、嬉しかったわ。十年ほど前のこと、あの人の魂が私の眠る小島にたどり着いてくれたんだもの。ふふふっ……。だから、私はこうやって現世に舞い戻ってこれたのよ。ふふっ、はははっ!」


 や、やばい、主が狂い始めたのにゃ。

 どどど、どうすればいいのにゃ。

 あたしはものすごく慌てた。主の不気味な笑いの前に、どうしようもできなくなってしまう。


『あ、あ、主。そろそろ笑うのをやめるのにゃ。家族が来たらやばいのにゃ』


「それもそうね」


 あたしが必死に止めようとすると、主は意外とあっさりと落ち着いてくれた。ふぅ、怖かったにゃ……。


「下僕。今度、あの女を離れ小島に誘導してちょうだい」


『えっ、それはどういうことですかね』


「理由など問うな。下僕は私のいう通りにやっていればいいんだ。とにかく、春休みになってからあの女を小島に誘導してちょうだい」


『わ、分かりましたぁっ!』


 怖くなったあたしは、主の部屋から逃げるように去っていった。

 だって、その時の主の顔は、怖い笑顔を見せていたからにゃ。

 あの顔になった時の主は、ろくなことを企んでいないのは間違いない。

 あたしは、とにかく必死に、少しでも遠くへと駆け抜けていったにゃ。

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