第89話 三月三日
翌日、私は普通に学校に通う。
集団登校の集合場所へは、いつもの通り真鈴ちゃんがやってきて送っていってくれたんだけど、特に変わった様子はなかったわね。なんだったのかしらね、昨日のあの様子は。
とまぁ、私はいつもと変わらない様子で教室へと入っていく。
「おはよう、波白さん」
「おはよう、平川さん」
教室に入れば、平川さんと挨拶をする。遊びに行くような仲でもないけれど、心を許せる相手っていうのは大きいかな。なんだか安心するわ。
「そろそろ卒業だね」
「ああ、そうだったわね。もう三月になったんだった」
「もう、波白さんったら」
私はすっかり忘れて多様な反応をすると、平川さんにものすごく笑われてしまった。なんか変なこと言ったっけ?
「それはそうと、いよいよ来月からは中学生だね、私たち」
「そうなるんだっけかぁ。なんか実感がわかない感じがするわね」
平川さんの言葉に、私は複雑な表情をする。
それというのも、私は前世で高校二年生まで経験しているので、また中学生になるのかと思うとなんとも感覚がバグってきてしまうのだ。ついでに言えば、私は学生とかの身分に関係ないマーメイドプリンセスだしね。
「中学生になっても、同じクラスになれるといいね」
「うん、それは……期待したいところね」
私はどういうわけか、ちょっと間を持たせてしまった。これからどうなるのか、それがまだ不透明なところがあるからね。分からないことをはっきりと答えられるものじゃないわ。
だけど、その間に何かを感じたらしく、平川さんの表情がちょっと暗くなったような気がするわ。
「波白さん」
「は、はいっ」
平川さんが手を握って名前を呼ぶもんだから、私はついびっくりして大きな声で返事をしてしまう。
「悩みがあるのなら、相談に乗るからね。だって、私たち友だちでしょ?」
「う、うん。相談できることなら、相談させてもらうわよ」
平川さんの勢いには、私は押されっぱなしだ。でも、なんだか深刻そうな表情をしているから、平川さんには何か思うところがあるのかもしれないわね。
そう感じた私は、にこっと笑顔を見せることにした。
私の笑顔を見ると、平川さんはほっと安心したような表情を見せていた。一体何に警戒したのだろうか、私はまったく理解できなかった。
でもまあ、いつものような感じに戻ってくれたのでいいとしましょう。
学校も無事に終わり、私は家に戻ってくる。
「ただいまー」
「おお、戻ったか、マイ」
家に戻ると、おじいちゃん先生が出迎えてくれた。
そういえば、今日は午後休診にしてたんだったわね。ちょっとびっくりしちゃったわ。
「さぁ、いろいろとあるから、荷物を置いてきておくれ」
「あっ、うん」
いつも以上ににこやかにしているおじいちゃん先生の姿に戸惑いながらも、私は荷物の入ったランドセルを部屋に置き、ポケットに入っていたハンカチを洗濯機に入れておいた。
おじいちゃん先生に呼び出された部屋は、ひな飾りのある居間。居間の壁には、何かがかかっているみたいだった。
「今月で小学校も卒業じゃからのう。気が早いが、用意させてもらったぞ」
「いや、おじいちゃん。確かに気が早いでしょう」
私は大体察していたので、おじいちゃん先生にツッコミを入れていた。
ところが、おじいちゃん先生もまったく引かないときたものだ。壁にかけられていたものに手をかけて、カバーを外して私にそれを見せつけてきた。
うん、予想通り中学校の制服だったわ。真鈴ちゃんが着ているのと同じものよ。さらに言えば、私も十五年ほど前まで着ていたものだわ。
またこれを着ることになるのかという戸惑いと懐かしさが、私の中で複雑に入り乱れる。
「ふぁっふぁっふぁっ。その顔は昔を思い出している顔じゃのう。じゃが、今のマイは十二歳じゃぞ? このままなら普通に中学校進学じゃから、どう思おうと着なくてはならんのじゃ」
「うーん。おじいちゃん、なんか楽しんでない?」
「かも知れんのう。なにせ、本来の孫と会えぬままじゃからな。その代わりを期待しているのやもしれん」
「あー、なるほどねぇ……」
おじいちゃん先生が自分の気持ちを分析しているのを聞いて、私はなんとも呆れた顔をしてしまう。
「なんにしても、今日は女の子の健やかな成長を願う日じゃ。少しくらい気が早くても問題ないじゃろう。ほっほっほっほっ」
おじいちゃん先生はそう言って、最終的にはごまかしていた。まあ、間違っていないから、私もせいぜい苦笑いをする程度にしておいた。私が無事に中学校に通えるようにと思ってのことなんだからね。
そんなわけで、無事に中学校の制服を見ることのできた私は、とりあえずお風呂に入ることにする。夕食はおじいちゃん先生が用意してくれるっていうから、やることがなくて暇だからね。
さっぱりして戻ってくると、食堂のテーブルの上にはあれこれとひな祭り用の料理が並べられていた。
「うわぁ、これ、全部おじいちゃんが作ったの?」
「うむ。普段から料理はしておるから腕には自信があるしのう。マイが帰ってくるまでの間に、いろいろと準備をさせてもらったわい」
「すごい!」
並べられた料理には普通の料理もあるけれど、特に目を引くのはカラフルなちらし寿司だった。
おじいちゃん先生の料理の腕前って、本物だったんだなぁって思う。
「さあ、いい時間になったことじゃし、食べるとするかな」
「うん、おじいちゃん」
その日は、おじいちゃんの手料理を堪能させてもらうことになった。
なんともあれこれと、今日は印象に残るいい日だったと思う。
いろいろと考えることはあるけれど、今日のところはおじいちゃん先生と過ごすことだけを考えた私なのだった。




