第87話 ひな飾り
来週にはひな祭りということで、水曜日の休診日を利用して、おじいちゃん先生がどこからともなくひな飾りを引っ張り出してきた。
「おじいちゃん、それ、どこにあったの?」
「マイや、女の子の成長にはひな祭りは必須じゃぞ」
「いや、おじいちゃん、質問に答えてよ」
おじいちゃんが驚く私の姿を見つけて話してくるんだけど、私がした質問にまったく答えてないわ。なので、もう一度強い口調で返してしまう。
「どこって、そこの押し入れじゃぞ」
「えっ?」
おじいちゃん先生が指差したのは、私が使っている部屋の押し入れだった。
おっかしいなぁ。毎日布団の出し入れをしているので、私が気が付かないはずがないんだけど?
「お内裏様がこっちで、お雛様がこっち。じゃから、右大臣と左大臣はこうで……」
私が首を捻り続ける中、おじいちゃん先生が居間にひな飾りをどんどんと組み立てていっていた。慣れた手つきで、ものすごく早く組み上がっていく。
気が付けば、一番下の飾りまでがあっという間に組み上がっていた。
「うむ、完成じゃな。これを組み上げるのは、まだ娘が高校生だった頃以来じゃから、もう二十年は前かのう。案外覚えておるもんじゃな」
組み上がったひな飾りを見つめながら、おじいちゃん先生は悦に入っているみたいだった。
それにしても、滅多に使うことのないものを、よくも何も見ないでやり遂げたものだわ。これがおじいちゃん先生の実力、なんと恐ろしいのかしら。
これも、小児科医院を開いているからなのかしらね。
それにしても、飾られたひな飾りをよく見てみる。二十年くらいぶりに引っ張り出された割には、これといった傷みがない。
「おじいちゃん」
「何かの、マイ」
「これ、本当に二十年くらいしまっていたの?」
「うむ、そうじゃぞ。わしの娘が大学に進学する前の年までじゃからな」
私が疑って聞いてみるも、おじいちゃん先生からは迷いなくはっきりとした答えが返ってきていた。ということは、本当に約二十年も前から表に出ていなかったということになる。
だというのに、なんて保存状態がいいのかしら。
そのあまりの状態の良さに、私は目を釘づけにさせられてしまう。
「すごく状態がいいわ。まるで新品みたいな感じですっごく引き付けられてしまうわ」
「ほっほっほっ、そう言ってもらえると嬉しい限りじゃのう。娘が孫を連れて戻ってきた時にも飾ろうと思っておったんじゃがなぁ……」
喜んでいたおじいちゃん先生だったけど、孫の話となるとどことなく声のトーンが落ちてしまっていた。やっぱり、娘さんが家から出ていったまま戻ってこないことが、すっごく気がかりなんだろうと思う。
普段はそこまで気にかけている様子はないので、連絡自体は取りあっているのかもしれないわね。
「うん、おじいちゃんありがとう。私のためにここまでしてくれて」
おじいちゃんの気持ちを察した私は、素直にお礼を口にしていた。
私の言葉を聞いたおじいちゃんの表情は、ずいぶんとほころんだように見える。
「ほほっ、嬉しいのう。それじゃ、マイ。買い物に出かけるとしようかのう」
「うん、おじいちゃん」
ひな飾りのことでの話も一段落したことで、私たちは買い物に出かけることになった。
水曜日は一緒に走れないかもとは海斗には伝えてあるので、私は特に気にすることなくおじいちゃん先生と買い物へと出かけていく。
かと思えば、おじいちゃん先生ってば、買い物へ行く途中で海斗の家の近くをわざわざ通っていくんだから困るわね。
「ねえ、なんでここを通るの?」
私はおじいちゃん先生につい尋ねてしまっていた。
「なんでって、海斗くんと約束があるのじゃろう? 今日はわしがマイの相手をするのじゃから、ひと言くらいは言っておいた方がいいじゃろうよ」
「そ、それはそうかも知れないけど!」
なんともおじいちゃん先生の律儀な行動である。
まあ、こんなおじいちゃん先生だから、町での評判も高いわけなんだけどさぁ……。
そんなわけで、海斗の家の近くを通りかかる。海斗の姿はなく、真鈴ちゃんがちょうど帰ってくるところだったみたいで出くわすこととなった。
「真鈴ちゃん」
「あれ、マイじゃないの。どうしたのよ、車なんかに乗って」
真鈴ちゃんが真顔で私に話しかけてくる。うん、やっぱりまだまだ嫌われている感じがするわよね。
「真鈴ちゃんや、悪いが海斗くんに今日のマイはわしと付き合うから走れぬと伝えておいてくれぬかの」
「あっ、了解、分かったわ」
おじいちゃん先生が真鈴ちゃんに頼むと、なんか私の時と露骨に態度が違わないかしら。仲良くしてこようとしたのは、ただのポーズなのかしらね、まったく……。
真鈴ちゃんの態度には思うところはあるけれど、今日のところはおじいちゃん先生と買い物をしないといけないから、簡単に挨拶だけして済ませておいた。
だけど、なんだろう。
去っていく時になんともいえない寒気がした気がする。冬の寒さからくる震えじゃないわ。
「どうしたんじゃ、マイ」
「あ、うん。なんでもないよ、おじいちゃん」
気にはなったものの、この時の私は気のせいだと思って流すことにした。
その後の私は、今日の買い物を済ませた後の夕食の献立を考えていた。なんとものんきなものだったのだわ。




