第85話 違った朝
私は強い不安を感じていた。
波均命がいうには、海斗にはなにやら強い力が取りついているらしい。その力の影響で、私に対して不思議な態度を取るようになっているのだという。
(一体誰がそんなことを……。一体海斗に何をしたというのかしら)
そんなことを考えていたせいで、夜はよく眠れなかった。
朝起きてからは寝ぐせは酷いし、あくびを連発しながらの朝を迎えていた。ああ、考え過ぎはよくないわね。
私は顔を洗ってどうにか気分をすっきりさせる。
ただ、ちょっと寝過ぎちゃってたせいで、朝ご飯を作るには遅くなっちゃったかしらね。
仕方ない、簡単な朝食を準備して食べるとしようかしら。
「やあ、マイ。ようやく起きてきおったか」
「おはよう、おじいちゃん」
食堂に顔を出すと、おじいちゃん先生が朝食を準備していた。
ああ、忙しいおじいちゃん先生に家のことをさせちゃったわ。悪いことをしちゃったかな。
「ごめんなさい、おじいちゃん。朝食を準備させちゃったみたいで」
「構わんよ。たまにはこういうこともせんとな。同じことばかりをしていては、ボケてしまいそうになる」
「そうなのね」
おじいちゃん先生の言葉に、私は首をひねりながら納得したような言葉を漏らしている。
「それにしても、寝坊とは珍しいのう」
「まだ余裕があるから、寝坊じゃないわよ。朝ご飯が作れないくらいに遅くなったのは事実だけど」
おじいちゃん先生に指摘されて、私はちょっといいわけをしてみる。そしたら、おじいちゃん先生ってば笑ってくれちゃってたわ。まったく、どう反応したらいいのかな……。
「まあ、早く座るといい。今日はマイの好きな甘い卵焼きじゃぞ」
「いや、好きというよりもお気に入りなだけよ。お母さんもよく作ってくれたし」
おじいちゃん先生に指摘されて、私は困った顔で笑ってしまう。
人間時代のお母さんが、よく私の朝食に作ってくれていた卵焼きなのよね。お弁当にもよく入っていたし、私が好きというよりは、お母さんが作るのが好きといった方がいいと思う。
とはいえ、私も文句も言わず食べていたから、やっぱり好きだったのかもしれないわね。
いろいろと思うところはあるけれど、私は朝食を平らげて学校へと向かう支度をする。
「それじゃ、おじいちゃん、行ってくるね」
「うむ、気を付けて行ってくるのじゃぞ」
「はーい」
私はランドセルを背負って、玄関から集団登校の集合場所へと向けて出ていく。
海斗との走り込みに加えて、最近は気温が高くなってきたおかげで、少しばかり服が薄手になった。それでもまだまだがっちり着込んでいるんだけどね。でも、着ている服は間違いなく一枚減ったわ。
「さすが暦上は春よね。少し暖かいわ」
玄関を出たところで、私は嬉しそうにつぶやいてしまう。
そうして道路に出ると、そこには真鈴ちゃんが待ち構えていた。
「おはよう、マイちゃん」
「真鈴ちゃん、おはようございます」
挨拶をされたので、私も挨拶を返しておく。
なんだろう。ちょっと雰囲気が変わった気がするわね。
「さっ、せっかく来てるんだから、さっさと集合場所に行くわよ」
「あ、うん。お願いします」
真鈴ちゃんが私に対して手を差し伸べてきた。
……こんなこと初めてだわ。
今まで私に対して敵意むき出しにしていたのに、一体どういう風の吹き回しなのかしら。
そんな風に思った私は、差し出された手を取ることを躊躇してしまう。
「どうしたのよ。遅刻するわよ」
「あっ、ごめんなさい」
真鈴ちゃんが首を傾けて私の顔を覗き込んでくる。いろいろと頭が混乱するけれど、私はとりあえずその手を取っていた。
私の手をつかんだかと思うと、真鈴ちゃんはくるっと進む方向へと振り向き、早足で歩き始める。
引っ張られる感じになったので、私は最初は驚いてしまった。けれど、確かにちょっと遅くなったので、急いだ方がいいのは間違いない。真鈴ちゃんの早足に、私は合わせて歩いていく。
ちょっと進んだところで、真鈴ちゃんが話し掛けてくる。
「悪かったわね」
「えっ?」
謝罪めいた言葉に、私はびっくりしてしまった。
「年下相手に、ケンカ腰になっちゃったことよ。二度も言わせないでよ?」
真鈴ちゃんが恥ずかしそうに言っている。
少しだけ見えた赤くなっている顔に、私はつい笑いそうになってしまう。
でも、ここで笑ったら失礼だろうから、とにかく必死にこらえたわ。
「それじゃ、私は中学校に行くからね」
「ありがとう、真鈴ちゃん」
「お礼なんかいいわよ。改めて言われると恥ずかしいだけなんだから」
集合場所までやって来た私とこんなやり取りをしながら、真鈴ちゃんはまるで逃げるかのように立ち去っていった。
なんだろう。今までになかった態度だけに、私にはとても新鮮だったわね。
今までずっと邪険にしていたのに、一体どんな心境の変化があったのかしらね。
よく分からないことではあったけれど、これで海斗との仲を深める上での障害が一つ減ったのかしらね。だとしたらいいんだけど、私は素直に喜べなかった。
「まっ、いっか」
よくは分からないけれど、この時の私は気にしないで集団登校の輪の中へと入っていったのだった。




