第84話 偽りなりの気持ち
ちっ、どういうことなのよ。
私は現状を見て、苛立ちを覚えていた。
「あれだけたっぷりまじないを仕込んでおいたというのに、お兄ちゃんをあの女から完全に引っぺがせなかったわ。どういうことなのよ……」
私は一人部屋でくつろぎながら、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
そこへ、カリカリという窓をひっかく音が聞こえてきた。
私が目をやると、下僕のやつが姿を見せていた。何をのんきな顔をしているのかしらね。
苛立っているからこのまま外に置いておいてやりたいけれど、私のところに来る時は大体報告がある時だから、仕方なく下僕を部屋に招き入れてやった。
「なによ、この役立たずの下僕」
『い、いきなりご挨拶ですにゃあっ!』
私がさげすむような目で見てやったら、下僕は大慌てになったわね。はあ、見ていてむかつくわ……。
でも、とりあえず用件くらいは聞いてやるとしましょうか。
「それで、今日の報告は何よ」
私は床に乱暴に座る。女性としてはどうかとは思うけれど、私の虫の居所はそれくらいに悪い。とにかく、私は下僕を睨み付けている。
『はいにゃ。あの女、主の男と一緒に今日も走っていますにゃ』
「そうなのね。あの女、お兄ちゃんのランニングに付き合っているっていうわけか。それで、様子はどうなのよ」
下僕からの報告を聞いて、私は改めて状況というものを確認してみる。
『あ、いえ、その……』
下僕はなんとも歯切れの悪い様子を見せている。まったく、どういう状況なのか答えなさいよ。
「さっさと答えなさい。その毛皮、はいでやろうか?」
『ぎにゃーっ! それだけはご勘弁を。これは前の主に褒められた自慢の毛皮にゃ。いくら主でもそれはダメにゃ』
「まったく、生意気いうんじゃないわよ。とりあえずさっさと報告しろ。ここの家族に見られたら面倒だ」
『わ、分かりましたにゃ……』
私が脅すと、ようやく下僕は話をする気になったようだわ。まったく、生意気が過ぎるというものね。
下僕は猫又とか言ってかなりの年月を生きているらしいけれど、残念だけど、お前ごときの年数では私には敵わないわ。おのれの小ささを知るべきね、この獣風情が。
私は下僕を睨み付ける。その状況の中で、下僕はお兄ちゃんとあの女の現状を話し始めた。
「あの女……。お兄ちゃんを諦めるつもりはないっていうのね」
『まあ、そういう感じですにゃあ。冷たくされて諦めるかと思ったんですが、思った以上にしぶといですにゃあ』
「まったく、あの人の魂は私のものだというのに、あとから現れて図々しいったらありゃしないわね……。私がどれほどこの時を待ち焦がれていたと思っているのよ」
話を聞いて、私はつい爪をかんでしまう。
あまりにも悔しい表情を浮かべていると、下僕はのんきなことを言い始める。
『いやぁ、主がどれだけ待っていたなんて、あたしらにはまったく関係ないことですし、知っている人は主以外にはいないですよ? なのに、なんでそんなに執着するんですかにゃ』
私は思いっきりカチンとくる。
次の瞬間、私は下僕の首根っこをつかんで、窓へと歩いていた。
『にゃにゃ、やめて下さいにゃ!』
「うるさい。お前は私の気持ちを踏みにじり過ぎた。少しは痛い目を見て反省しろ、獣風情め……」
窓を開けた私は、そこから下僕を外へと放り投げた。
猫は高いところから落ちても平気だというし、この程度の高さ、へでもないだろう。少しは頭を冷やしてもらわないとね。
私がじっと見ていると、下僕はくるくると回って、見事に着地をしていたわ。ちっ、この程度、罰にもなりやしないわね。
下僕はそのまま走り去っていったわ。ふん、軟弱者め。
私はさげすむような視線を向けたまま、窓をぴしゃりと閉めて窓際から移動する。
椅子に座り、机に向かいながら私は考え込む。
「まったく、あの女はどうやったら排除できるというのかしら。高波でさらって行方不明にしたのに戻ってきたし、まじないを込めたチョコレートを食べさせたのに、お兄ちゃんは私に戻ってこないし……。ああ、思い出すほどに腹が立つわ」
しかし、いくら腹を立てようにも、現状が私に向くわけじゃない。どうしたらいいのだろうか、私は必死に考え込むことにした。
「あっちはまだ私に気が付いているわけじゃないし、こちらから積極的に動くわけにはいかないわ。知らない間にあの女を孤立させてやらないと」
次の作戦を立てるために、私は現状をまずは整理してみることにする。
「ダメだわ。あの女は私に対して話をしてくれたことはないし、知らないことが多すぎるわ。……こうなったら、少し我慢するしかないかしら」
いろいろと考えた結果、あの女を排除するためには、一度仲良くすることしかないようだった。
今は、私が一方的にあの女を嫌っている状況。そのせいで、私はあの女のことをほぼ知らない。次の作戦を立てるには、ここをクリアにしなきゃいけないってわけね。
「しょうがない。お兄ちゃんを手に入れるためだ。このくらいは我慢をしよう」
私は大きなため息をついて決意を固めた。
あの人の魂を、再び私のものにする。そのためだったら、どんなことだってしてやろうじゃないのよ。




