第83話 狙う影
うまく海斗を誘導して、私は波均命の神社までやってくる。
神社に入った私は、本殿の前で膝に手をつきながらわざとらしく大きな呼吸をしている。疲れたように見せかけて、海斗を神社に滞在させるためよ。
「まったく、なんでそんなに疲れているんだよ」
「お兄ちゃんに合わせて走ったからだよ。お兄ちゃんと私の身長差って考えたことあるの?」
「うっ」
私がジト目を向けながら文句を言うと、海斗は何も言えなくなっていた。反応を見る限り、まったく考えたことなかったみたいね。
『ほうほう、こやつが問題の男か。どれ、ちょっと調べてみよう』
私たちが休憩をしていると、波均命がひょっこりと顔を出して、海斗のことを調べ始めた。
さすがに波均命は私にしか見ることはできないので、海斗は見られていてもまったく何も感じていなかった。
私は少しでも調べる時間を稼ぐために、とにかくゆっくり深呼吸をしたり、ストレッチをしたりして過ごしている。
「もういいだろう。あんまり遅くなると、先生が心配するだろう?」
「あ、うん。そうだね、お兄ちゃん」
しびれを切らしたのか、海斗は私にそんなことを言ってくる。
私もちょっと時間をかけすぎちゃったかなと反省をすると、再び走り始めることにした。
(また、明日にでも聞くわね)
『うむ、時間をかけてくれたおかげで、だいぶ調べられたからな。いつでも来るがよい』
私は心の中で波均命に話しかけて、ジョギングを続けるために神社を後にしたのだった。
そして、私は翌日の学校帰りに、波均命の神社に足を運んだ。
『おお、よく来たな。それにしても、ずいぶんと早い時間にきたな』
私が顔を見せると、波均命は嬉しそうな顔をして私を迎えていた。なんでそんなににこやかな顔をしているのよ、まったく。
「こんにちは、波均命様。それで、海斗の件は何か分かったでしょうか」
私は単刀直入に波均命に尋ねている。
ふいに向けられた私の質問に、波均命はなぜかあまりよくない顔をしている。一体どういうことなのかしらね。気になってしまうわ。
「ねえ、その顔はどういうことなのかしら」
私はもう回りくどいのは一切しないで、ストレートに切り込んでいる。
ずいぶんと険しい剣幕で私が迫ったものだから、さすがに波均命も黙ってはいられないようだったわ。
『しょうがないな。とりあえず本殿の中へと入ってからにしようではないか。外にいては誰かに見られてしまう。特に、不穏な存在には見られるわけにはいかぬからな』
「分かったわよ」
波均命の言い分を受けて、私は神社の本殿の中に入っていく。
小さな神社ゆえに拝殿と本殿が分かれていないので、賽銭箱の前にある建物が本殿なのよね。
私は扉を開けて中へと入っていく。
本殿の中に座り込むと、私は波均命と向かい合う。だけど、波均命はすぐには話し出そうとはしなかった。何か言いづらいことでもあるのだろうか。
『まあ、結論から話すのがよいか』
かと思えば、おもむろにそんなことを言い出した。結論って一体何なのよ。
『お前がお兄ちゃんとか呼ぶあの男だが、やはり何かにつかれているようだな』
「何かって何よ。もうちょっとはっきり言ってくれないかしら」
ちょっとごまかすように話をするものだから、私は波均命を怒鳴りつけていた。いや、神様に怒鳴るのは失礼だと思うけれど、この場は仕方ないと思うのよ。
さすがに私の反応が予想外だったのか、波均命は目を見開いて私の方を見ている。
「こほん、ちょっと悪かったわね。海斗は私の幼馴染みで、実は想い人だったのよ。だから、あの態度の変わりようが気になって仕方なくてね……」
『なるほど、そういうことか。あい分かった。ならば、少しずつ詳しく話を進めていくこととしよう』
私がはっきりと言ったことで、波均命はようやく話をする気になったみたいだわ。なるほど、気遣いで濁していたってことなのかしらね。
『何かにつかれておるということだが、あれは俺が以前に話したことのある、結界の緩みを突いて中に入り込んだ存在の気配そのものだった』
「ええっ?! それじゃ悪霊か何かっていうことなの?」
『まあ、そういうことだな。だが、思ったよりは操られておらぬようで、おぬしへの態度が中途半端な状態になっておるということだな』
私が驚いて反応をしていると、波均命はとんでもないことをさらりと言いのけていた。
『おそらくは、おぬしが先に食べさせたというちょこれいととかいうもののおかげで、悪霊に意識を完全に操られずに済んでおるのだろう。それがなければ、とっくにおぬしから意識は遠のいていたな』
波均命の話を聞いて、私はものすごく青ざめてしまっていた。
つまり、私が先んじてチョコレートを食べさせていなければ、誰か分からない存在に海斗を意のままに操られていたっていうんだから。こんな恐ろしいことってあるのかしらね。
『だが、まだまだ油断はならんな。何者かは知らぬが、おぬしとその男を引き離すことが目的なのだろう。俺の方でも調べてはみるが、おぬしも重々に気をつけることだな』
「分かったわ。本当にありがとう、波均命様」
『礼には及ばぬ。おぬしはこの神社をなんとか持ちこたえさせてもらったという恩があるのだからな』
私は波均命との話をそこそこに切り上げ、家へと帰っていく。
それにしても、私と海斗の仲を引き裂こうとしている相手って誰なのかしら。
とにかく気になることが多すぎるわ。
不安を抱えたまま、私はジョギングの準備をして再び家を出ていったのだった。




