第80話 衝撃が駆け抜ける
さて、土曜日になったわね。
私は、改めてチョコレートを用意している。
本当は昨日にも渡したかったんだけど、日曜に渡したものとは違ったものに挑戦していたら、金曜日に完成させられなかったのよ。
なので、土曜である今日に遅れながらも渡すことにしたのよね。
ただ、海斗は甘いものが好きじゃないから、ビターにすることにこだわり過ぎて苦戦したなんて言えないわね。
もちろん、チョコレートだけどチョコレートそのものじゃなくしてみた。だから時間がかかったのよ。
(ふふっ、海斗が喜んでくれるといいわね)
私はお菓子の入った包みを上着のポケットに忍ばせて、海斗とのジョギングの待ち合わせ場所に姿を現す。
しばらく待っていると、いつも通り、海斗が私の前に姿を現す。
「お兄ちゃん!」
私はいつも通り声をかけるけど、その姿を見た瞬間、思わず口をつぐんでしまった。
海斗の様子がおかししいんだもの。
「お兄……ちゃん?」
私は思わず首を傾げながら、海斗の顔を覗き込んでしまう。
「マイ、どうしたんだよ」
「いや、お兄ちゃんがなんか変だなと思って」
私が顔を近付けたことに気が付いて、海斗が反応してくる。どうしたのかって聞かれたから、正直に答えてあげた。
「どこかおかしいか? 俺はまったくもって絶好調なんだがな」
「そっかぁ……。私の気のせいだったみたい。ごめんね、お兄ちゃん」
「まあいいさ。とりあえず今日も走るからな。慣れてきただろうから、少し速度を上げる。ちゃんとついて来いよ?」
「うん、お兄ちゃん」
心配はしたけれど、海斗はいつもの感じだった。
何か変な感じはしたんだけど、問題なさそうね。
杞憂だったということで、私はいつも通りに海斗と並んで走り始める。
だけど、いざ走り出したら本当にいつもより足が速い。
私はちょくちょく置いていかれそうになっちゃってるわ。
「お兄ちゃん、結構速いって。ちょっと待ってよ」
「はははっ、このくらいは普通の速度だぞ。しっかりついて来いよ、マイ。いつものコースなんだから」
「待ってってば!」
なんだろうか、海斗が私をからかって遊んでいる感じすらするわ。
でも、今日はどうして急に速度を上げることになったのかしら。必死に追いかけながら、私はふと考えごとをしていた。
「あっ!」
そんな中、海斗が信号を渡ったところで、歩行者用の信号が点滅をしてしまう。
さすがに交通ルールは守らなきゃいけないので、私は信号の手前で止まってしまった。
信号の向こうでは、海斗が気が付かずに行ってしまいそうになっている。
「お兄ちゃん!」
私は大きな声で呼んでみる。
そしたら、海斗がくるりと振り返っていた。
「おや、信号に引っかかったか。まったく、遅いからそうなるんだぞ。一応待ってるから、あんまり遅れるんじゃないぞ」
海斗はちょっと怒っているような感じだった。
足を止めたかと思うと、その場でストレッチなどを始めて、こっちを気にかける様子はまったくない。うん、やっぱりなんかおかしい気がするわ。
そうしている間に、信号が変わって私は海斗を追いかけ始める。
追いつくまで待っているかと思ったら、信号が変わったのを確認して再び走り始めていた。
(……どういうことなの? 今までの海斗ならこんなことはまったくなかったのに……)
私の中で、海斗に対する違和感がどんどんと大きくなっていく。
うん、不信感じゃないわよ。あくまでも違和感。いつもの海斗とはまったく違うわ。
私がこう思う理由は、幼馴染みとしての十七年間の経験と記憶があるからよ。
海斗はとにかく私によく合わせてくれた。それ以外でも相手に合わせて行動をすることはたびたびあったから、私限定じゃなくて、海斗の元々の性質なんだと思う。
それを思うと、今日の海斗は間違いなく違和感しかない。一体何があったというのかしら。
だけど、もう考えごとをしている余裕なんてない。私は海斗についていくのが精一杯だった。
「はあ、はあ……。やっと、追いついたぁ……」
私は胸が苦しくなりながらも、どうにか自分の家まで戻ってきた。
「よし、それじゃ俺は帰るぞ」
私がひと呼吸おく間もなく、海斗は帰ってしまおうとする。
ここで逃がしてなるものかと、私は海斗の腕をがっちりとつかんだ。
「何をするんだよ」
「お兄ちゃんに渡すものがあるの。一日遅くなったけど、これ……」
私は上着のポケットから、包みを出す。先日とは違った、チョコレートのクッキーが入った小さな包みだった。
「二回目のバレンタインでごめんなさい。でも、そのくらいお兄ちゃんには感謝しているから、受け取ってほしいの」
私が必死にお願いをする。
しかし、海斗の態度は予想外なものだった。
「俺は甘いのが嫌いなんだ。悪いが受け取れないな」
「えっ……」
先日のブラックチョコレートは受け取ったのに、今回はダメだという。
どういうことなのか理解できない私は、目の前が大きく歪んだ気がした。
「真鈴たちが待ってるから、用事がもうないのなら俺は帰るぞ。じゃあな」
海斗はそう言って、私の前から走り去っていった。
予想もしていなかった海斗の態度に、私はショックのあまり、しばらくその場で立ち尽くしてしまった。




