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出戻りマーメイド  作者: 未羊


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第76話 少しはロマンチックに

 一度家に戻った私は、改めて走って家を出ていく。待ち合わせとなっている海斗の家の近くまで移動するためよ。

 今日は日曜日だけど、海斗はいつも通り夕方にランニングをするはずである。

 私が待ち合わせにしている交差点の角までやって来て待っていると、いつも通りに海斗がやって来た。


「よう、今日はちゃんと来たか」


「うん、お兄ちゃん。昨日はごめんなさい」


 私は海斗に素直に謝っておく。


「まあいいさ。お前にも事情はあるんだろうし、俺はそこまで心は狭くないからな」


「うん、本当にごめんなさい」


 ちょっと申し訳なくて、私は両手を体の前で強く握って海斗に謝っておく。

 だけど、海斗はあんまり気にしていないのか、柔らかく微笑んだ顔を私に向けていた。


「気にすんなって。どんな理由だったとしても、俺は責めないからな」


 海斗はそう言いながら、私の頭をぽんぽんと数回優しく叩いていた。

 うん、やっぱりこういうところは私の知っている海斗だわ。

 改めて、海斗って優しいんだなと認識する。


「よし、今日も走るとするか」


「うん、お兄ちゃん」


 背筋をピンと伸ばした海斗が宣言するので、私も負けじと背筋を伸ばして返事をする。その姿がおかしかったのか、海斗は私を見てちょっと笑っていた。


 二月も中旬に差し掛かったということで、日が暮れるのも少しずつ遅くなってきている。

 夕日に照らされた海は、海面がキラキラと輝いていて、きれいだなと眺めている。


「よそ見していると危ないぞ」


「あっ、ごめんなさい、お兄ちゃん」


 あまりの美しさに見とれていると、海斗に注意をされてしまう。

 いけないいけない。隣は車がガンガンと走る生活道路だったわ。こんなところでよそ見をしていちゃ、何があったか分かったものじゃないわ。

 私は軽く首を左右に振って、しっかりと前を見て走り続ける。

 でも、やっぱりマーメイドになった影響なのか、海が恋しくて目が向いてしまう。体の本能には抗えないってことなのかな。


「まったく、今日はやたらと海を見たがるな。やっぱり、人魚だからなのかな」


「分からない。でも、今日の海はなんか惹かれる気がするの」


 海斗に言われたけれど、本当にどうして今日はこんなに海を見るのか分からない。

 もしかして、直前に波均命と話をした影響もあるのかな。

 そんな風に思っていたら、私は沖合に浮かぶ小島に目が向いてしまった。


「どうしたんだ、マイ」


「あっ、なんでもないよ、お兄ちゃん」


 声をかけられた私はすぐにごまかすものの、海斗も足を止めて沖合の小島に目を向けてしまっていた。


「ああ、あの島か……」


「えっと……」


 海斗のつぶやきに、私はどう反応していいのか分からない。でも、海斗は不思議なくらい真っすぐに沖合の小島をじっと眺めている。


「なんでなんだろうかな。俺もあの小島はすごく気になるんだ」


「お、お兄ちゃんも?」


「ああ」


 海斗は小島をじっと見つめながら、何か不思議な表情を浮かべている。本当に気になっているといった感じだわ。


「実はあの島は、俺も一度だけ行ったことがあるんだ」


「そ、そうなの?」


「ああ。でも、小さい頃だったし、戻った時には親だけじゃなくて近所の人からも怒られてな。それ以降、俺はあそこには近づかないことにしているんだ」


「そうなんだ。お兄ちゃん、どうしてあの島が気になるのかな?」


「分からないな。でも、なんだかすっごく気になるんだ」


 私が先日上陸した小島に、海斗は小さい頃に行ったことがあるらしい。

 でも、私はその話はまったく知らない。もしかしたら聞いてはいるかも知れないけれど、記憶にはまったくなかった。

 だけど、あの小島を見る海斗の表情は、本当によく分からない感じだった。


「っと、いつまでも止まっているわけにはいかないな。あんまり遅くならないうちに、先生の家まで行かないとな」


「うん」


 話もほどほどに、私は海斗と一緒にランニングを再開した。


 私は、家まで戻ってきた。

 いつもならこのまま海斗を見送るところだけど、今日は違う。


「お兄ちゃん、これ!」


「うん?」


 私はずっとポケットに忍ばせていた包みを取り出して、海斗の前に差し出す。


「昨日、これを作っていてうっかり約束をすっぽかしちゃったの。お詫びとちょっと早いバレンタインを兼ねて、受け取ってくれるかな」


 私はストレートに海斗に伝える。


「なんだ。これチョコなのか」


「う、うん。甘いの苦手だって言ってたから、ブラックチョコレートを使ってみたの。溶かして形を変えただけだけど、受け取ってほしいの」


 私はとにかく必死に海斗にお願いをする。もはや雰囲気も何もないけれど、受け取ってもらえるかどうか、それだけが問題だもん。


「そっか。それじゃもらっておくよ。マイがせっかく作ってくれたっていうんだからな」


 海斗は右手でチョコレートの入った包みを受け取ると、歯を見せながら笑っている。

 その笑顔を見て、私はとても満足している。頑張ってやってみたかいがあるというものだわ。


「ここで少し食べてもいいか?」


「え、うん。いいよ……」


 私は恥ずかしそうに両手の人差し指をつき合わせながら返事をしている。

 海斗は包みを開けると、一粒手に取って、ひょいっと口の中へと放り込んでいた。


「うん、苦いな」


「ブ、ブラックチョコレートだもん。甘くないよ」


「うん、サンキュな。あとは帰ってから味わわせてもらうよ」


「えへへ」


 海斗はそう言いながら、再び封をしてウィンドブレーカーのポケットにチョコレートをしまい込んでいた。

 私は嬉しくて笑みを浮かべながら、走っていく海斗を見送る。

 その姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。

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