表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りマーメイド  作者: 未羊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/107

第75話 本命を前に

 正直言って、バレンタインにはまだ早い。でも、ちょうどいい機会だからと私はチョコレートを渡すことにした。

 ちゃんと味は確認しているし、テンパリングの成功だって確認してる。だから、問題ないはずなんだけど、私は結構緊張していた。

 とにかく、作ったチョコレートを持って、私はランニングに向けて家を出る。

 まだ時間は早いので、まずは家から近い田均命の神社にやって来た。


『おや、小娘がまた来おったか』


「こんにちは。突然だけど、チョコレートって好きですか?」


『ちょこれいと? ああ、なんか黒い食べ物のことか。供え物になることもないので、よくは分からぬな。神社の連中がおいしそうに食べているのを見たくらいじゃな』


「そっか」


 まあ、すでに亡くなった過去の人だもんね。ここ最近の食べ物なんて味わったことがないか。


「いろいろお世話になっているので、持ってきたんですよね。砂糖とか使ってないので苦いですけれど」


『うむ。それは殊勝な心掛けじゃが、わしは食べられぬ。気持ちだけもらっておこうか』


 私がチョコレートをあげようとしたら、ストレートに断られてしまった。仕方がないとはいえ、やっぱりちょっとショックだわ。


『そう落ち込むな。わしは嬉しいぞ』


「はい、ありがとうございます」


 嬉しいという気持ちが聞けただけでも、とりあえずよしとしましょうか。

 少しだけ言葉を交わすと、私は田均命の神社を後にした。


 そうやって次にやって来たのは、波均命の神社だ。さすがに距離があるので、神社間の移動は自転車で行った。


『おお、小娘。来てくれたか』


 神社を訪れると、波均命が嬉しそうな声で話し掛けてきた。やっぱり、しばらく顔を出していなかったことが影響しているみたいだわ。


「お久しぶりです。突然ですけれど、チョコレートは好きですか?」


『ち、ちょこれいととは何だ?』


 あ、やっぱりこっちも知らないみたいだわ。人の多く通う田均命の神社ならまだしも、閑散としたこっちじゃよく分からないだろうな。

 なので、私はポケットから包みを出して波均命に見せる。


『ふむ。黒い板のようなもの、これがちょこれいとなるものか。初めて見るな』


 やっぱり初見だったようだ。

 そこで、私は食べるかどうか聞いてみることにした。


『うむ、いただこう』


 そうしたら、意外にも食べてくれるようだ。田均命には断られたのに、不思議な話だわ。

 初めて見るものって、普通は警戒するものなんだけどね。私が持ってきたものというのもあるのかもしれないわね。

 私の目の前で、波均命はチョコレートをつまんで食べ始めていた。どうやって持って食べているんだろうか、まったく原理が分からない。


『なんとも苦いものだな。口に入れた時は硬いようだが、中で溶けていくのはなんとも不思議な食べものよな』


 なんということだろうか。意外にも波均命は食レポもできるみたい。なるほど、この話術であらゆる場面を乗り越えてきたのね。

 あまりにも予想外なことだったので、私はびっくりした顔をしてしまっていた。

 苦いといいながらも、全部ぺろりと平らげてしまっていたので、おそらくは気に入ったと思われる。


『今時の倭の国の者は、このようなものを食すのか。小娘、これからも時々お供えをするといい。俺は全部食ってやろう』


「わ、分かりましたよ……」


 波均命はにやりと笑いながら、私に強く迫ってきた。

 なんとも食い意地の張った神様だなと、強く思ってしまう。


『食い意地が張っているというよりは、どんな奴にも合わせねばならぬから、好き嫌いなく口にするようになっただけだ。おかげで、次にはどのようなものが食べられるのかということが、話し合いの場の楽しみになったくらいだぞ』


「ああ、そうなんですね。さすがは場を和ませてきただけのことはありますね」


『うむ。波均しの名に偽りはないぞ』


 私が顔を引きつらせながら話していると、波均命はとてもいい笑顔で笑っていた。

 兄である田均命がこの辺り一帯を治めやすいようにしていたあたり、普段からの立ち振る舞いには結構気を遣っていたみたいだ。

 死して神様になっても基本的な方針は変わらないようだけど、普段我慢してたからなのか、私の前ではそこそこはっちゃけてくれている。でも、不思議と威厳のようなものは感じるので、なんとも不思議な感覚になってしまうわ。


「持ち運びできそうなものだったら、お供えしに来ますよ。でも、私だっていつまでもこっちの世界にいられるわけじゃないですからね。いつまでとは約束できませんよ」


『分かっておる』


 そういった次の瞬間、波均命は何かを思い出したような顔をしている。


『そうだ、小娘。あの時の妖怪猫が何を取りに島に向かっていたか分かったか?』


 どうやら、先日の猫の話みたいだ。


「草みたいでしたよ。私が持ってたんですけど、奪ってどこかに消えていってしまいました」


『そうか。ならば、その草を持ってきてくれないか。調べたいのは山々だが、俺ではあの島を調べることができないようなのでな』


「分かりました。今度、持ってきますね」


『うむ、頼むぞ』


 私は波均命と約束をする。

 そうしている間に、海斗とジョギングをする時間が近付いてきた。私は程よいところで話を切り上げて、波均命と別れて家へ一度戻っていく。

 今日は昨日のことを謝ると同時に、ちょっと早いけどチョコレートを渡さなきゃいけない。

 私は自転車をこいで、一度医院まで戻っていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ