第72話 ちょこっとランニング
「ほへ? チョコレート?」
どうにか朝起きて学校へと行った私だけど、教室でそんな話題が出てきてきょとんとしている。
ああ、そういえばもうバレンタインだったっけか。
小学六年生ともなれば、それなりに好きな人とかの話題で盛り上がってたっけかなぁ。自分の最初の小学六年先生の頃もそんな感じだった記憶がある。
あの時の私はなーんにも知らない少女だったから、へー、ほーとクラスの女子と話していたっけかなぁ。
「マイちゃん?」
「はっ!」
ぼけっといろいろと考え込んでいたら、平川さんに顔を覗き込まれてしまう。
急に現れた平川さんの顔に、私はつい驚いてしまっていた。
「もう、マイちゃんってば何を驚いているのよ」
私がびっくりした反応をしていると、平川さんに呆れられてしまう。
「マイちゃんは、誰か渡す人がいるの?」
「うーん、私はよく分からないかなぁ。あはははは」
平川さんに問い詰められた私は、笑いながらごまかすしかなかった。
本音を言うならば、私は海斗に渡したい。でも、それをここで話すのはなんだかはばかられてしまう。なんでだろうかな。
なんだかよく分からないけれど、私は平川さんの話に対してはぐらかし続けた。
その日、家に帰った私は、いつも通りランニングの準備をする。
おじいちゃん先生が夕方の診療の準備をしていたので、顔を出したおじいちゃん先生にちょっと聞いてみることにした。
「おじいちゃん、ちょっといい?」
「なんじゃな、マイ」
私の声に、おじいちゃん先生は手を止めて反応してくれる。
「おじいちゃん、チョコレートとか欲しい?」
「うん? ああ、バレンタインとかいう日か。わしはあまり甘いものが好きではないからな。気持ちだけで十分じゃ」
「あ、そうなのね。分かったわ、おじいちゃん」
おじいちゃん先生にバレンタインには何も要らないと言われて、やっぱりそっかぁと思ってしまった。
料理とかは和洋中関係なしに食べるけれど、お菓子はせんべいとか日本のものを好んでいるものね。うん、そうなるとは思ってた。
おじいちゃん先生からの返事を聞いた私は、エールだけ送ってランニングへと出かけていった。
神社に寄ってちょっと時間を潰した私は、海斗の家の近くへと向かう。一月から続けている海斗とのランニングをするためよ。
もちろん、そこではとにかく真鈴ちゃんに見つからないようにだけは気をつけていた。
「よっ」
「あっ、お兄ちゃん」
外で待っていると、海斗が現れて声をかけてくる。その姿を見て、私はぱあっと表情を明るくした。
こんな反応をしてしまうあたり、やっぱり私は海斗が好きなんだなって思わされる。幼馴染みでずっと一緒にいたからせいで気付かなかっただけで、久しぶりに出会って自分の気持ちに気が付いたっていうパターンだわ。
ともかく、私はその気持ちを海斗に悟られないようにしながら、一緒に夕方の街を走り始める。
最初の間は黙って一緒に走っていたけれど、段々と私の今の家が近付いてきた頃、私は勇気を出して海斗に声をかけてみる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ、マイ」
私が声をかけると、海斗は実に素っ気ない、どうしたんだ程度の反応を示している。うん、海斗ってこういうやつなのよ。
だけど、そんなことは気にしないで、私は話を続ける。
「お兄ちゃんって、甘いものって好き……なのかな?」
だけど、どうしたわけか、私はいざ本題に入った瞬間、ドキドキし始めてしまっていた。一体どうしたというのかしら。
そのせいで、私の足は自然と止まってしまう。
「マイ?」
足を止めた私が気になって、海斗は走る状態を維持しながら私のところに戻ってきた。
「お兄ちゃん。私は大丈夫だよ。今はその……質問に答えてほしい、かな」
私は海斗をしっかりと見つめながら訴えている。
しっかりと目を向けられたからか、海斗の足が止まって私から顔を逸らしている。
「うーん、嫌いじゃないな。あんまり食べないってだけで。でも、どうしたんだよ、マイ。急にそんな質問をしてさ」
海斗は頭をかきながら、私を見て不思議そうな顔を浮かべている。
「な、なんでもないよ。お兄ちゃんの好みがちょっと気になっただけだから」
「そうか。聞きたいことがあればいつでも聞いていいんだぞ。俺は気にしてないからな」
私がちょっと顔を逸らしながら答えていると、海斗は本当に素っ気なく声をかけてきてくれる。本当に、親切にはしてくれるものの、興味自体はなさそうな感じだった。
本当に、海斗ってば自分のこと以外だとこういう反応なのよね。
転生前の頃と、本当に何一つ変わってないわ。まあ、時間の変動がないから当然といえば当然なんだろうけど。
「よし、家までもうちょっとだからな。もうひと踏ん張り頑張ろうぜ」
「うん、お兄ちゃん」
話は終わったかという感じで海斗が声をかけてくるものだから、私はちょっと苦笑いをしながら答えていた。
とりあえず、海斗はチョコレートは大丈夫そうだということが確認できて、私は結構安心している。
よく思えば、幼馴染みの頃ってあんまりこういう話をしたことがないような気がするわ。
(よし、頑張って海斗にチョコレートを渡すわよ)
家までもう少し。
私は走りながら、心の中でしっかりと決意を固めていたのだった。




