第67話 節分が終わりて
節分が終われば、今度は世間はバレンタイン一色になる。
当然ながら、クラスの中もそんな空気が強く支配するようになっていた。
私はあんまり覚えはないんだけど、このくらいの年齢になってくると妙にみんなそわそわし出すのよね。
「ねえ、マイちゃん」
「なあに、彩菜ちゃん」
さすがに出会ってから四か月も経つと、私たちはお互いに名前で呼ぶようになっていた。
平川さんはクラス委員長としての責任から最初から親切にしてくれていたけど、そのままの流れで友人となるとは思わなかったなぁ。
まっ、前世の私でも記憶にあるから別に気にしないんだけどね。
「そろそろバレンタインだけど、チョコレートを渡す相手とかいたりするの?」
「いないけど?」
恥ずかしそうに聞いてくる平川さんだけど、私はしれっと真顔で答えておいた。
前世の幼馴染みである海斗のことは気になっているけど、正直今の同級生にはこれといって友達以上の感情を抱くことはないのよね。いずれさよならしなくちゃいけないんだもの。
だけど、私の実にあっさりとした答えを聞いた平川さんはびっくりした顔をしていた。えっ、何その顔……。
「えっと……、彩菜、ちゃん?」
平川さんの反応に、私はおそるおそる声をかけてみる。
「あっ、ごめんなさい」
私の声に我に返ったみたいで、平川さんは謝罪をしていた。いや、なんで謝ってるんだろう。
どうも話がかみ合いそうにないかな。
「まあ、渡す相手がいるとしたらおじいちゃんかなぁ」
「そっか。マイちゃんっておじいちゃんが本当に好きなのね」
「うん」
私が曇りなく返事をすると、平川さんはそこでバレンタインの話題を打ち切ってしまったようだった。
多分、そこから恋バナにでも発展したかったんでしょうね。おませさんだなぁ。
話を終えて自分の席に戻る平川さんを見送りながら、私はつい微笑ましく笑ってしまっていた。
放課後となって、私は下校する。
家に帰っても、おじいちゃん先生は忙しそうにしており、私は声をかけるだけかけると再び出かけていく。
やって来たのは、波均命の神社だった。
豆まきのこともあってずっと田均命の神社に顔を出していたので、おそらくおおよそ一週間ぶりの訪問になる。拗ねてないといいかな。
「波均命様、お久しぶりです」
私は本殿にひょっこりと顔を出しながら挨拶をする。
『おお、やっと来おったか』
波均命は、何かホッとしたような反応を示していた。この分だと、この神社は相変わらず参拝客が来ていないということなのだろう。
「こんにちは。最近、顔を見せられずに申し訳ありません。田均命様の神社に用事があったものですから」
『なんだ、兄者の神社に顔を出していたのか。ああ、そういう時期だったか、ならしょうがないな』
私が顔を出さなかった理由をあいまいながらも話すと、波均命はすんなりと納得してくれたようだった。あんまり話をしているようには思えないけれど、兄弟で連絡を取りあっているのかな。
『兄者と俺とは不仲ではないぞ。近い場所にいることもあるので、たまには会って話をすることもある。俺は神社から動けるからな』
「あっ、そうなんですね」
『そうでないと、おぬしの代わりに海の調査もできぬだろうが』
「そういえばそうでした」
波均命の話を聞いていて、神社から動けるという話に納得がいった。そういえば、海の中を調査してもらっていたんだっけか。
『ああ、海の調査の話で思い出した。おぬし、この猫を知っておるであろう』
「猫?」
波均命が本殿の中を見るように私に手招きする。
本殿の中を扉の隙間から見ると、そこには見たことのあるトラ猫が横たわっていた。
「ああっ、私をかんだ猫ちゃんだわ」
すぐに分かった私は、扉を開けて中に入る。猫を抱え上げると、私は顔を青ざめさせてしまう。
「体が、冷たい?」
『ああ、波打ち際で倒れているのを発見してな。俺が連れ帰ってきた。神力で冷気は遮断しておるが、いかんせん場所が場所ゆえにな。まだ生きてはいるが、予断を許さぬ状態にあるのは違いない』
「どうして、波打ち際にいたのかしら」
『それが分かれば苦労はせん。ただ、そのおかげか、この猫からは妖気のようなものが出ていることがはっきりと感じ取れる』
「妖気?」
波均命の話を聞いて、私は首を捻っている。
『おぬしの持つ魔力とやらと似たようなものだ。妖気を持つということは、そやつは妖怪ということになる。だが、そんな妖怪でも冬の海はつらすぎたんだな』
「そんな……。助けられるのかしら」
私は猫をぎゅっと抱き締めている。
『まだそやつが生きようとしているから、まだ助かる見込みはあるぞ。妖怪ゆえに、普通の猫とは生命力が違うからな』
「じゃあ、連れて帰ってしっかりと世話をすれば、まだ間に合うということなのかな?」
波均命の説明から、私は強く助けたいと願い始めていた。
『可能だ。ひとまずは懐に入れて温めてやるがいいだろう。おそらく今夜か明日の夜には峠を迎えることになるだろうかな』
「分かりました。この子は私がしっかりと責任を持って面倒を見ます」
私はそう宣言すると、震える猫を上着の下に潜り込ませる。手をかまれたことはあるけれど、死にそうになっているのを放ってはおけないもの。
「すみません。今日はもう帰りますね」
『ああ、しっかりと面倒を見てやってくれ』
私は波均命に頭を下げると、猫をしっかりと抱きかかえて家へと急いで帰っていった。
猫ちゃん、絶対に助けるからね。




