第65話 節分の日・真鈴サイド
節分の日。
私にとっては忌々しい日だ。
豆をまいて邪気を払うっていう日だからね。
なので、この日は私は朝から機嫌が悪かった。
それだというのに、朝、学校に行く前にお兄ちゃんからとんでもない提案を受けてしまう。
「なあ、真鈴」
「なによ、お兄ちゃん」
声をかけられた時は、嬉しさの方が勝って反応しちゃったけど、直後に聞こえてきた言葉に私は正直耳を疑った。
「今日の放課後、一緒に神社に行かないか?」
「なんで神社に行かなきゃいけないのよ」
「いや、豆まきがあるからな。あの神社の豆には祈願成就の効果があるっていうから、ちょっと試してみたいんだよ」
「なによ、それだけの理由で行きたいってわけ?」
お兄ちゃんの言葉に、私は耳を疑った。なんで祈願成就の願掛けに神社に行かなくちゃいけないのよ。
「今年、俺は高校三年生になるんだ。バスケ部の試合も今年が最後だし、来年には受験も控えている。ちょっとくらい願掛けをしてみたくなるってもんだよ」
「ふ~ん、好きにすればいいじゃないの。私は行かないわよ」
なんかもう、お兄ちゃんは行く気満々みたいだ。でも、私まで巻き込まないでもらいたいものだわね。
私は嫌な顔をして顔を逸らしている。
「まあいいじゃないの。真鈴はいつも神社に行くのを渋っているからね。たまには行ってみたら?」
お母さんまでこういう始末だ。なんでみんなして私を神社に行かせたがるのよ。
しかし、イヤイヤをしているのももう限界なのかしらね。
……しょうがない。たまには付き合ってあげるとしましょうかね。
「分かったわよ。でも、私は長居はしないからね」
「ああ、今日は楽しみだな」
私は嫌な顔をしているというのに、お兄ちゃんはなぜかにこやかな顔をしていた。
この時点ではその顔の理由は分からなかったけれど、放課後に神社に赴いてみたら、その理由がよく分かった。
「げっ……」
神社の雰囲気に寒気を感じながら境内にやってくると、そこに設置された舞台の上にあの女がいた。
「なんで、マイちゃんがいるのよ」
私は思わず口に出してしまう。
「なんだ、知らなかったのか」
「私は聞いてないわよ」
お兄ちゃんがきょとんとした顔で聞いてくるものだから、私は正直に答えていた。
私とあの女との接点は、朝の登校時のわずかな時間だけだもの。そもそも私はあの女を避けているから、会話もほとんど交わさない。知るわけがないっていうのよね。
「この神社の豆まきは有志によって行われるんだよ。ちょっと話をする機会があってな。そしたら、あいつから俺に言ってきたんだ。朝も言った通り、今年から来年にかけては節目だからな。願掛けついでにあいつの姿を見に来たってわけだ」
お兄ちゃんは優しそうな表情を浮かべて話している。
やめて、あの女に対してそんな顔をしないで。お兄ちゃんは私のなんだから。誰にも渡さないわ。
私はお兄ちゃんの服の裾をつかむ手に、思わず力を入れてしまっていた。
「真鈴?」
「なに、お兄ちゃん」
「いや、急に引っ張られた感じがしたから、どうしたんだと思ってな」
「あっ、ごめんなさい」
お兄ちゃんに言われて、私は手を離す。
いけないいけない。つい力んじゃったわ。
私はごまかすようにお兄ちゃんに笑顔を見せておいた。
(いけないわね。あの女のこととなると、つい感情がコントロールできなくなっちゃうわ。気をつけないと……)
私は自分の手をぎゅっと握りしめていた。
いよいよ豆まきが始まる。
「鬼はー外、福はー内」
なんとも腹立たしい掛け声とともに、舞台の上からは豆がまかれる。境内に集まっている人たちは、必死に豆に手を伸ばしている。
はあ、なんともこっけいな光景ね。
そんな中、私のところにも豆が飛んできた。
気がついた時にはかなり近づいていて、私は顔面でキャッチをしそうになる。
ぱしっ。
だけど、その豆は私の前で受け止められて、ぶつかることはなかった。
「大丈夫か、真鈴」
「うん、お兄ちゃん、大丈夫だよ」
「あんまりボーっとするなよ。みんな縁起ものだっていって必死だからな」
「うん、気をつける」
私はこの時のお兄ちゃんの顔を、思わずぼーっと見つめてしまっていた。うん、やっぱりかっこいいのよ、お兄ちゃんは。
お兄ちゃんのカッコよさを再確認している間に、退屈な時間は過ぎ去っていた。
「よし、豆まきが終わったな。帰ったら、この豆でも食べようぜ」
「はあ、お兄ちゃんがそう言うなら、しょうがないわね」
手に持った豆の袋を見せながら、お兄ちゃんは笑顔を私に向けてくる。
豆まきなんて嫌な行事だけど、このお兄ちゃんの顔を見たら、別に悪くないかなって思えてしまった。
「ほら、ちょっと取り過ぎちゃったから、真鈴も少し持ってくれ」
「あ、うん」
お兄ちゃんが私に豆の入った袋を少し分けてきた。
だけど、その豆の袋を受け取った時だった。
じゅわ……。
(痛っ!)
私の手が少し焼けたような気がした。
「どうかしたか、真鈴」
「ううん、なんでもないよ、お兄ちゃん」
お兄ちゃんに心配されてしまったので、私はやせ我慢をして笑顔を向ける。
お兄ちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、私が笑っているからと納得したみたいだった。
(くそっ。だから、こういう神事は嫌いなのよ。はあ、忌々しい……)
このまま手に持ち続けていると、皮膚が焼けただれてしまう。
私はこれ以上ケガが酷くならないうちに制服のポケットに袋を入れると、傷をいやそうとお兄ちゃんに寄りかかって一緒に歩いて帰ったのだった。
もう二度と神社になんか行くもんですか。




