第60話 年の功
月も変わって二月になる。
これで早いもので、マーメイドに転生してからこっちに戻ってきて、そろそろ半年ということになる。ものすごく時が経つのが早いわね。
そんな折だった。一日半の休診日となる前日の金曜日の夜に、おじいちゃん先生が私に声をかけてきた。
「マイや」
「なあに、おじいちゃん」
「自転車は欲しくないかい?」
「ん~、欲しいとは思わないかな」
おじいちゃん先生は、私に自転車を買ってくれると言い出した。
確かに自分の端で走ってばかりだと、移動できる範囲は限られる。田均命の神社も波均命の神社も、走っていける距離ではあるけど、思ったよりは遠い。自転車なら、半分くらいの時間で着けるのは間違いないだろう。
でも、私の脳裏にはいつか帰っちゃうんだということがちらついている。そのせいで、ここまでしてもらうのもなんだかなと思ってしまう。
だから、私はあいまいに断わる返事をした。
そしたら、どういうわけかおじいちゃん先生はすっごく残念そうな顔をしている。いや、なんでなのかな。
「お、おじいちゃん?」
「そうか、それは残念じゃな」
「おじいちゃん、私は住む世界が違うの。だから、これ以上私にあれこれする必要はないのよ? いつかみんなの前から消えちゃうんだから。なぜあるのか分からないものが部屋にあって頭を抱えることになるかもしれないんだから、これ以上はもういいの」
困った私は、はっきりとおじいちゃん先生に訴えた。私のこっちの世界のお母さんたちのような状況に、おじいちゃん先生まで陥らせたくないんだもの。
だけど、おじいちゃん先生はにっこりと笑っていた。
「なんだ、そんなことか。すでに女児用の服があふれているこの状況で、そんなことを心配してくれるとはな。マイは優しい子じゃのう」
「う、うう……」
おじいちゃん先生に冷静に言い返されてしまって、私はまったくもって反論できなかった。
そう、家の中にはすでに私が使う服や道具がごろごろとあふれかえっている。寒がりな体質のこともあって、特に冬服の数が多い。これは確かに、自転車以上に頭を悩ませる状況には違いなかった。
そのことを指摘されてしまえば、私は大きなため息をついて諦めることにした。だってよくよく考えれば、自転車は性別年齢関係なしに誰でも使えるものなんだからね。服よりはあっても不思議じゃないものだったわ。
「分かりましたよう……。それじゃ正直に言うね、欲しいです」
諦めた私は、自転車が欲しいと口に出していた。
私がどことなく残念そうな表情でいったにもかかわらず、どういうわけかおじいちゃん先生はにこにことした表情で私を見つめていた。なんでよ。
話を終えた私たちは、翌日に備えてご飯を平らげて休んだのだった。
翌日、土曜日の午後。
私たちはショッピングモールにやって来ていた。
それでやって来たのは、一階にある自転車売り場。そこにはいろんな自転車が並んでいる。
「マイや、どの自転車がいいかな?」
おじいちゃん先生に聞かれて、私は自転車をじっと見ている。
よくよく思えば、自分用の自転車を持つというのは転生前以来で、買うとなると中学生のころまで遡る。もうそんなに経っちゃってるんだなと、思わず苦笑いをしてしまう。
「それにしても、マイは自転車は初めて見るのかな」
「いや、街中をうろうろしている時にちょこちょこ見かけたかな」
「そうか。しかし、異世界から来たという割には、こっちの世界のものをかなり知っておるようじゃな。どこで知ったのかの」
「はっ!」
自転車を見ていると、おじいちゃん先生がいきなり鋭い質問をぶつけてきた。
転生前の記憶があるから、私は別の世界から来た身でありながら、この世界のものにはとにかくなじみがありすぎる。そのせいで、本来なら驚くようなものでも懐かしく見てしまっていた。
いや、まさかここでそれを指摘されるとは思わなかったかな。
私は、ちょっと気まずくなっちゃって、答えることはできなかった。
おじいちゃん先生は、私の様子を見て何かを察したような表情をしている。
「まあ、よい。こんな大っぴらな場所で話をすることでもないからな。帰ってからでいいので、ゆっくり話をさせてもらうぞ」
「う、うん。おじいちゃん」
私はまったくおじいちゃん先生と目を合わせないで返事をしていた。
どうしよう。間違いなく怪しまれてるわよね。これは正直に言った方がいいのだろうか、私はとにかく気になって自転車どころじゃなくなっていた。
どうにか無事に自転車は購入できたんだけど、私の状態が状態だったので、自転車は配送サービスを使って家まで届けてもらうことになった。
「マイ、気まずいのは分かるが、今はいつも通りにしてくれんかな。買い物もあるんじゃしな」
「あ、うん、おじいちゃん、ごめんなさい」
私を諭すおじいちゃん先生の表情は、いつものように優しい表情だった。
……私はこの優しさに応えることができるんだろうかな。
悶々とした気持ちを抱えながら、買い物を終えた私たちはおじいちゃん先生の運転する車で帰宅をしたのだった。




