第57話 思わしくない状況
「あだだだだだ……」
私は酷い筋肉痛に悩まされていた。
あんなに走ったのは久しぶりだからしょうがないけど、ここまで酷いとはね。
「マイや。つらそうな声が聞こえてくるが、どうしたのじゃ?」
いっけない、私の声がおじいちゃん先生の耳に入っちゃったわ。そんなに大きな声を出した覚えはないんだけど、生活空間はあんまり大きくないから聞こえちゃったみたいね。
「だ、大丈夫。ちょっと走り込んで筋肉痛になっただけだから。これなら魔法で治せるから、気にしないで」
「むっ、魔法とな?」
あっ、おじいちゃん先生ってばすっかり忘れている反応をしてる。
そりゃこっちの世界には魔法がないとはいえ、おじいちゃん先生には目の前で見せてあげたのに。
「私は異世界のマーメイド族のお姫様だもの。こうやって二本足で立ってられるのも魔法のおかげなんだから。おじいちゃん、覚えておいてよね」
「いや、すまんすまん。すっかり孫娘のつもりでおったから、そのことをすっかり忘れてしもうたわい。なら、わしが診る必要もないか」
「おじいちゃんの手を煩わせるつもりはないわ。心配してくれてありがとう」
申し訳ない気がしたけれど、私はおじいちゃん先生に向かってにっこりと笑っておく。余計な心配をかけないようにしないとね。
「ふむ。とはいえ、あんまり無理するではないぞ。マイはどこか大人ぶっているが、まだまだ子どもなんじゃからの」
「うん。分かったわ、おじいちゃん」
私はおじいちゃん先生の心配の声に、こくりと頷いておいた。
さて、おじいちゃん先生との会話で気が紛れていたけれど、終わると足の痛みが再び感じられるようになる。
このままじゃさすがに生活に支障が出まくりなので、私はアクアヒールで筋肉痛を治しておいた。はあ、だいぶ楽になったわ。
で、そうしている間に学校へ行く前の朝食は、おじいちゃん先生が用意してしまっていた。なんてこったい。
学校が終わって家に戻ってくると、おじいちゃん先生は夕方の診察が始まる頃だった。
私はちょっとだけ服を着替えると、おじいちゃん先生とお手伝いに来ている看護士の人たちに声をかけて出かけていく。
出かける理由は、海斗と走るためだ。とはいえ、高校でまだ部活をしている時間だろうから、今出て行っても一人でしばらく待ちぼうけになるんだけどね。
なので、今日は高校からほど近い場所の田均命の神社にやって来た。下校時間までに校門に行けばいいだろうからね。
『おお、今日はなんかいつもと雰囲気が違うな』
田均命はなんか嬉しそうに騒いでいる。まあ、数日ぶりだしね、しょうがないかな。
「うん、寒がりをどうにかしようと思って、ランニングを始めることにしたの」
『ランニングとな?』
「まあ単純にいうと走り込みかな。全力疾走じゃなくて、歩くよりも速い速度でこんな感じに走るの」
『ほうほう、理解した。いや、横文字は分からんのう』
「……横文字っていうのは分かるんだ」
説明に対する田均命の反応を聞きながら、私はなんともいえない気持ちになっていた。
『わしもここでの生活が長いからのう。神社の連中や参拝客の話から、時代時代に対応しておるのじゃよ』
「はあ、そうなのね」
ランニングが分からなかっただけに、田均命の言い分にどうにも納得がいかなかった。
『時に、弟の調査の方はどうなっておる。海を調べて回っているという風に言っておったが』
「ああ、全然進んでないみたい。波均命様の力でも、どうにもできないことってあるのね」
『ふむ……。やはり、あやつの信仰が減っておるのが原因じゃろうな』
「そうなの?」
調査が進んでいないという風に話をすると、田均命はなんとも苦い顔をしながら推測を話している。
『うむ。わしらのように神格化したものは、自分に向けられる信仰心というものが力になる。あやつの状況は知っての通り、かなり悲惨なものじゃ。それゆえに思うほどの力が発揮できずにいるのじゃろう』
「今みたいな状況はいつくらいからなの?」
ちょっと気になったので、私は田均命に聞いてみる。
『ここ十年じゃのう。それ以前からも信仰は減っておったが、この十年の寂れ具合は特に恐ろしいものじゃよ』
「その原因はわかるかしら?」
『わしにはどうにもな……。それはあやつに聞いた方がいいじゃろう』
「そっか……」
田均命と話をした私は、眉間にしわを寄せながら納得したようにこくりと頷く。
程よい時間になったので、私は田均命に挨拶をして神社を去っていく。
田均命によると、波均命の神社はここ十年で一気に寂れたということらしい。そのため、波均命の守護の力が弱まり、何者かの侵入を許してしまったと。
だけど、何が原因かということは私にはまだまだ分からない話だった。
(これは、元の世界に戻るのも骨が折れそうなくらい大変で、しかも長期化しそうだわね)
こちらの世界には私がいた記憶がどこにも残っていない。なのではっきりいって未練のかけらもない。あるとしても海斗くらいだし、妹みたいだと思われているようじゃ望みもない。
だったら、転生先である元の世界に一刻でも早く戻りたいというものだわ。
そのためにも、少しでも体力はつけておきたい。
私はそろそろ下校してくるだろう海斗を迎えに行くために、高校の校門へと急いだのだった。




