第56話 寒がりをどうにかしなきゃ
それにしても本当に寒い。
人間の時にだって寒いとは思っていたけど、マーメイドってどこまで寒さに弱いのよ。
『お前さん、そんなに震えながら俺のところに来る必要はないぞ』
波均命のところに、私は三学期になってからもやって来ていた。
ただ、寒さ対策をばっちりとした厚手の格好をしながらも震えている私の姿というものは、波均命から見てもかなり気の毒なようだった。
「こ、子どもは風の子。これくらい平気なんだから……」
私は震えながらもやせ我慢をしている。
『やせ我慢はやめておけ。風邪を引いて倒れるのが関の山だ。暖かくなるまで、お前は家でゆっくりしていろ』
波均命から、私は大目玉を食らってしまった。
ここまで強く言われてしまえば、私が不機嫌に思いながらも引き下がるしかなかった。
何しに来たのかよく分からないくらい、短時間の滞在で私は神社を追い出されてしまう。
おとなしく帰ろうとした私の前に、よく見たことのある人物が通りかかった。
「お前、こんなところで何をしているんだよ」
「あっ、お兄ちゃん」
そう、海斗だった。
去年の練習試合でぼろ負けをしてからというもの、悔しくて毎日のように走り込みをしているみたいだ。休みの日にはいつもの倍くらいを走り込んでいるらしい。
海斗の姿を見て、私はピンとくる。
「そうだ、お兄ちゃん。どうやったら私の寒がりが治ると思う?」
もしかしたら解決方法が見つかるかもしれないと、私は海斗に聞いてみることにした。
「そうか。なら、俺と一緒に走ろうか」
「ほへ?」
ほとんど間を置かずに返ってきた答えに、私は一瞬聞き間違いかと思って目を点にしてしまった。
「だから、俺と一緒に走ろうか。寒さに強くなるのなら、体を鍛えるのがいいぞ。新陳代謝をよくすれば、体はぽかぽかと温まるからな」
「あ、うん。そ、そうだよね……」
私は遠慮をするように引き下がるものの、がっちりと海斗に腕をつかまれてしまう。
「寒がりを矯正したいのだろう? なら、俺と一緒に走るんだ、マイ」
「は、はいいっ!」
結局、私は海斗と一緒に走り込みを行うことになってしまった。
はあ、運動なんてまともにしたのは、一体いつ以来かしらね。
人間時代の自分を思い出してみても、せいぜい体育の授業くらいしか頭に浮かんでこない。
マーメイドに転生してからは、お姫様生活でほとんどぐーたらしてたし、自力で泳ぐといっても足とは違うしなぁ……。
「ほら、いくぞっ!」
「あっ、待ってよ、お兄ちゃん!」
私が考え込んでいると、海斗は走り始めてしまった。
置いていかれてなるものか。そう思った私は、海斗と一緒に走り始めていた。
最初こそなんとかついていこうとしたけれど、そこは十七歳の男子高校生と十二歳の女子小学生。とてもじゃないけれど、ついていけそうになかった。
「お、お兄ちゃん、待ってよ……」
「このくらいついて来れないんじゃ、本当に鍛えてないんだな、マイは」
「しょうがないじゃないのよ。これだけ寒いんじゃ、体動かす気になれないんだもの」
海斗の呆れた様子に、私は精一杯の言い訳をしてみる。だけど、海斗から帰ってきた言葉は、とても辛辣なものだった。
「神社に出かける余裕があるくせに、体を動かす気になれないとは詭弁だな。正しければ、家から出ることだってできないだろうが」
「うぐっ!」
まともな指摘に、私は何も言い返せなかった。その通りですよ、はい……。
私が黙り込んでいると、海斗が私の頭の上に手を置いてくる。
「運動したくないという気持ちは伝わってくるが、それじゃいつまでたっても寒さは克服できないな。一に運動、二に運動だ。これからも鍛えてやるから、覚悟をしておけよ?」
「ひっ、いやーっ!」
海斗がにっこりと微笑んでいうものだから、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
結果、波均命の神社からおじいちゃん先生の小児科医院までの間を、直線的にではなくあちこち寄りながら三十分かけて走って戻ってきた。
当然ながら、普段の運動不足がたたって、私は膝に手を当てて下を向き、肩で大きく息をしている状態になってしまった。
「まったくだらしないやつだな」
「だ、だって……」
海斗が困ったような感じで声をかけてくるものの、私はとてもじゃないけれど短い返事が精一杯なくらい疲れていた。これ以上答えるのは無理だわよ。
「それじゃ、マイ。明日も夕方迎えに来るからな。しばらくは一緒にランニングだ」
「わ、分かったよ、お兄ちゃん……」
逆らう元気もないし、寒がりな体質をどうにかしたい私は、やむなく海斗に流されるまま了承してしまった。
この分だと、当分の間は筋肉痛に悩まされそうな気がするわね。もしそうなったら、回復魔法を使ってどうにかごまかすしかないかしら。
私はこれから先の生活をつい案じてしまう。
とはいえ、頼ってしまったし、約束もしてしまった以上、これはやるしかない。
海斗を見送った私は、疲れた体を引きずって家の中へと入っていく。
ところが、汗を流そうとお風呂に入りたかったのに、体の疲れが酷かったためにそのまま部屋で寝落ちてしまったのだった。




