第53話 猫又の悩み
翌日、あたしは妙な気配を感じて目を覚ましたのにゃ。
「おや、いつぞや見た猫ちゃんじゃないの。こんなところでどうしたのよ」
聞いたことのある声が聞こえてきたにゃ。
うとうととするあたしは、ひょいとつかみあげられていた。
『にゃにゃにゃ~っ?!』
急に視点が高くなって、あたしは暴れてしまったにゃ。
「わわっ、急に暴れないの。こんなところで会うなんて奇遇よね」
聞いたことのある声は、あたしに話しかけていた。
ちらりと顔を見てみれば、そこにいたのは主が監視をしろと命じていたあの女の姿があった。
確かマイとか名乗る人魚にゃ。
あたしは両脇を抱えられてだらりとした姿でいる。
ええい、あたしをお前と向き合わせるにゃ。その瞬間、この爪をお見舞いしてやるのにゃ。
「くうう、あったか~い。ああ、あなたに会えるんだったら、コンビニで餌でも買って来ればよかったわね」
にゃにゃっ?!
餌をくれるっていうのかにゃ?
ぬぬぬ……。主は一度も餌をくれたことがないというのに、この人魚はくれるというのかにゃ?
あたしはついなびいてしまいそうになる。
『なんだ、よくこんな朝からやってこれたな。おぬしは寒がりであろうに』
思わず感動していると、おっさんの声が聞こえてくる。
こいつは確か、主が嫌っている相手の一人にゃ。
「ああ、波均命様。おはようございます」
人魚のやつが、おっさんに挨拶をしている。
『うむ、おはようだな。こんな朝早くから、よく一人で外出させてくれることを許可してくれたな』
「おじいちゃんは駅伝を見るとか言ってましたからね。私は興味がないので出かけてくるって言い残して出てきたんです。許可はもらってますよ」
『ふむ……』
なんだか楽しそうに話をしているにゃ。
だけど、いつまであたしをこの姿勢にしておくつもりかにゃ?
まだこの人魚の両手に抱えられたまま、あたしは宙ぶらりんになっているのにゃ。まったく、このまま暴れてやりたいのにゃ。
『それにしても、おぬしは一体何を抱えておる』
「えっと、猫ですね。どうやらここに紛れ込んでいたみたいです」
『ふむ……。それにしてもこの気配、何か覚えがありそうな気がするな』
やばいのにゃ!
波均命とかいうおっさんが、あたしのことに気が付きそうになっているのにゃ。
こうしてはいられないのにゃ。とっとと逃げるに限るのにゃ。
「あっ、こら。暴れないでよ」
いいや、このまま抱えられていては、このおっさんにあたしの正体と主のことがばれてしまうのにゃ。その前にここを離れなければいけないにゃ。
あたしは精一杯に暴れて、ようやく人魚の手から抜け出した。
「ちょっと、どこ行くのよ」
床に降りたあたしは、そのまま一目散に人魚とおっさんの前から逃走する。
主の目的をここで気付かれるわけにはいかないからね。三十六計逃げるに如かずにゃ!
人魚は何も知らないだろうけれど、あっちのおっさんは間違いなく主のことを知っていそうにゃ。主もかなり警戒しているもの。
主が弱体化を狙って工作するくらいだから、相当な力を持っているはずにゃ。猫又のあたしなんて、きっと海の藻屑とやらにされてしまうにゃ。
あたしはどうにかあのおっさんの神社から逃げ出していた。
それにしても、主にぼろくそに言われて飛び出したとはいえ、波均命の神社に逃げ込んでいたとは、あたしもやらかしてしまったにゃ。
主は、田均命ならごまかせるだろうが、波均命は絶対に近付くなといっていたものにゃ。
人魚に抱えられていただけのあたしを見て、何かに気が付きそうになっていたものにゃ。
『ふぅ……。あたしが寝ている夜中のうちに調べられていたら、きっとアウトだったのにゃ。朝まで接触がなかったことで、命拾いをしたにゃ』
波均命の神社を去ったあたしは、気が付くと海岸線にやって来ていた。
冬の風は冷たくて、今のあたしには身に染みる寒さだにゃ。
海岸線をとぼとぼと歩くあたしは、ただひたすらに餌を求めている。
今の主はまったく餌をくれないので、野良猫時代と変わらない生活をいまだに続けなければならない。
だけど、プライドが許さなくて家猫になる気にはなれないのにゃ。あたしはこの厳しい生活を乗り越えてきたという強さがあるのだからね。
「おや、こんなところに猫がいるな」
だ、誰にゃ?!
突然誰かに見られている感じがしたにゃ。
見上げて顔を確認してみると、そこには主の兄になった男が立っていたのにゃ。
「お前、ちょっとやせてるな。ちょっとここで待ってな。食いもんを持ってきてやるからよ」
おお、天の助け。
はあ、主とは違って優しい人だにゃ。こんなの、惚れてしまうのにゃ。あたしはその言葉を信じて、その場に待つことにした。
しばらくして、男が戻ってきて、手に持っていた餌をあたしに差し出してくれた。
「なにが好みか分からなかったから、適当で悪いな。うちで飼ってやりたいが、親が動物を苦手でな。こんなことしかしてやれなくて悪いな」
いやぁ、まったくこれだけでも助かるのにゃ。
主とは違って優しい男だにゃ。好かれるのも分かるというものにゃ。
「それじゃ、ランニングの最中だから俺はいくぜ。元気でやれよ」
男はそのまま走り去っていった。
お腹を満たしたあたしは、あの人魚の監視に戻るために再び神社へと向かったのにゃ。




