第52話 猫又の元日
うう、寒い。
今日の人間はなんだか騒がしいにゃあ。
あたしは、人間たちをちらちらと見ながら主のところに急いだ。
「主~、あたしが来ましたにゃ~!」
いつものように、主の住んでいる部屋の窓をカリカリと引っかく。あまりやりすぎると怒られるので、控えめに引っかくにゃ。
でも、どういうわけか反応がないにゃ。部屋の中は明るいから、いるには違いないにゃ。
あたしは今度は窓を叩いてみたにゃ。
「元日の夜からうるさいわね。そんなに猫鍋になりたいのか?」
「うにゃにゃ!?」
窓をがらりと開けた主は、ものすごく不機嫌な目であたしを見つめてきたにゃ。な、何かまずいことをしたかにゃ?
「さっさと入れ、この猫又ごときが」
「し、失礼しますにゃ……」
あたしは主の部屋の中にぴょこりと飛び込む。
ああ、部屋の中はあったかくて幸せだにゃあ。
思いっきり、あたしは表情を崩してしまう。
その幸せも、一瞬で打ち砕かれる。主があたしを再び睨んできたからなのにゃ。本当に、ことあるごとに睨みつけるのは勘弁してほしいのにゃ。怖すぎて命がいくつあっても足りないのにゃ。
「それで、何しに来たのよ」
主は冷たい声であたしに問いかけてきたにゃ。声の端々から不機嫌さがにじみ出ているにゃ。まったく怖くてたまらないにゃあ……。
「あ、主に報告にゃ」
「報告? さっさとしてちょうだいよね。あたしは好きな配信者の元日配信を見てるんだから」
「わ、分かりましたにゃ」
主はそう言うと、あたしから目を背けて目の前の板をじっと見つめているようなのにゃ。まったく、何をそんなに熱心に見ているのにゃ。
「まったく、主も今どきの子っぽくなってますにゃあ。とてもそんな柄じゃないでしょうに」
「うるさい。さっさと報告しろ」
ギンと突き刺すような視線が向けられる。あたしはその恐ろしさに震え上がってしまったにゃ。
「ひっ! で、では、始めさせていただきますにゃ」
これ以上冗談を言っていると、本当に猫鍋にされそうなので、あたしはおとなしく報告を始めることにしたにゃ。
「ちっ……。またあの女、お兄ちゃんに近付いてたのか」
「いやぁ、あの人魚が近付いたというより、あの男の方が近付いていったようなのですにゃ。あの人魚は、あの海の神様が住むとかいう神社にお参りをしていただけなのにゃ」
「波均命か……。本当にあの男も忌々しい限りだわ。せっかく力を弱めて、こうやって上陸する隙を作ったというのに……。くそっ、あのマイとかいう女、本当にどうにかしなきゃいけないわね」
主が悔しそうに爪を噛みながら貧乏ゆすりをしているにゃ。
うう、これはとても危険な感じがするにゃ。あたしじゃ、とてもじゃないけど抑えきれない感じなのにゃ。
「まったく、お兄ちゃんはあの女のどこがいいのかしら……。ああ、せっかく気分よく配信を見ていたのに、なんてことしてくれたのよ」
「り、理不尽にゃーっ!」
主があたしにつかみかかってきたのにゃ。
でも、あたしは猫だからひらりと躱したにゃ。
「なんで逃げるのよ」
「身の危険を感じたからにゃ」
主はものすごい形相であたしを見てくるのにゃ。
本当に主は、あの人魚のことが気に入らないみたいだ。あたしに執拗にあの人魚の見張りを頼んでくるからにゃ。
「主、どうしてあの人魚にこだわるんですかにゃ?」
「決まっているじゃない。私のお兄ちゃん……、いえ、前世からの想い人に迫ってくるからよ。許せるわけがないでしょうが」
「うわぁ……。ねじれた愛憎なのにゃ」
主の答えた内容に、あたしは思いっきりドン引きしていたにゃ。
「うるさい。とっとと出て行って。あの女の監視を続けるのよ」
「で、でも……」
「口答えをするな。あんたは私の使い魔になったんだから、私の命令に素直に従っていればいいのよ」
「わ、分かりましたにゃ……」
どんなにいったところで、主の気持ちは変わりそうになかったのにゃ。
このままいては虐待されると感じたあたしは、仕方なく窓からおとなしく外に出ていったにゃ。
その時にあたしを見る主の顔は、それはこの世のものとは思えないくらいの恐ろしさだったにゃ。
主の部屋を出たあたしは、寒い冬空の下をとぼとぼと歩いている。
辺りは真っ暗だけど、街のあちこちには明かりがともっている。楽しそうな雰囲気の中を、あたしは一匹でさまよっている。
「はあ、主は本当に猫使いが荒いのにゃ。それにしても、主とマイとかいう人魚、それと波均命っていう神様の間に何があったのにゃ。あと、主の兄になったっていうあの男も……」
あたしは塀の上で立ち止まり、主の家の方へと視線を向ける。
だけど、冬の寒さにぶるりと身を震わせると、じっとしていられなくて再び歩き始めた。
「はあ、なんであたしは主と契約を交わしてしまったのやら……、とほほほ……」
こんな時間では、ターゲットの人魚は家の中でぬくぬくとしているだろう。カーテンも閉まっているだろうから、外から覗き込むこともできるはずもない。
あたしはあてもなく、夜の街の中をさまよい続ける。
「と、とにかく寒さをしのげるところに逃げ込むにゃ」
あまりの寒さに耐えきれず、あたしは潜り込めそうな建物を探して、夜道を進んでいった。




