第39話 帰ってきた神様
その日の放課後、私は波均命と会うことにした。
いや、寒いのは寒いんだけど、たまには話をしないとね。
転生先の世界に戻らなきゃいけないんだから。
冬の寒さに震えながらも、私は波均命の祀られている神社へとやって来た。
『おお、今日も来てくれたか。待っておったぞ』
豪快でうるさい声が聞こえてくる。この声の主が、波均命だ。これで場の調整が上手だったっていうんだから、世の中は分からないというものだわ。
いやまぁ、豪族だものね。一千五百年くらい前の話だから、今とは事情が違うのかもしれないわ。
それにしても、兄である田均命と比べても、ずいぶんと若い姿よね。
『まあな。俺の姿は三十手前ってところだ。兄者は四十過ぎだがな』
私が頭の中で思っていたことを読まれたみたいだ。元人間だとしても、神ともなると特殊な力が使えるのね。
『うむ、その通りだぞ』
「うわっ、頭の中を覗かないで下さいよ」
『そんなことを言われてもな。お前さんの考えていることは、顔に出ておるので仕方ないであろう。こんなに表情の読みやすい奴は久しぶりに見たぞ』
「えっ……」
私ってば、そんなに考えが顔に出ていたのかしら。
波均命の指摘に、私は思わず両手で頬を挟んでしまう。手袋がなかったら、きっともっと冷たかったわね。
『それよりも、寒さは大丈夫か? 震えておるではないか』
「あっ……。マーメイドのせいか、寒さに弱いみたいでして……」
『ふむ……。ならばそこの扉を開けて中に入ればよい。風が当たらなくなるだけでも、寒さは和らぐぞ』
「いや、神社の本殿に入るのは、さすがにどうかと」
『祀られておる神本人が許しておるのだ。何も遠慮は要らん』
なんとも正論で論破されてしまった。
確かに、祀られている本人が許可してるものね。私はお言葉に甘えて、本殿にお邪魔させてもらうことになった。
中に入ると、不思議と暖かかった。
『どうだ。俺の力で寒気を遮断しておる。これでまともに話ができるであろう?』
「あ、ありがとうございます」
さすが人心掌握をうまい神様だわ。かゆいところに手が届くような対応をされたんじゃ、そりゃみんな心を許してしまうというものだわ。
『時に、調査の進み具合はどうだ。せっかく戻ってきたというのに、ここに来ることがなかったであろう? 聞かせてもらってもいいかな?』
「あ、そうですね」
私は波均命の言葉に頷いて、調査の結果を話させてもらう。
私の報告を聞いていた波均命の表情が、ちょっと厳しいものになった気がしたのだけど、一体どうしたのかしら。
『おぬし、あの小島にある祠に行ったのか』
「はい。あの島が気になって行ってみたら、ボロボロになった祠があったので、ちょっとお手入れさせてもらいました」
『ふ、ふむ……』
どうしたんだろう。すごく予想外な反応だわ。
この様子を見る限り、あの祠がどういうものかが分かっているみたい。
でも、豪族というなら祠というものがどういうものか分からないと思うんだけどなぁ……。
いや、神社のことが分かっているのなら分かるかしらね。私はちょっと考えたものの、勝手に結論を出していた。
『神社も祠も分かるぞ。第一、どれだけ古い宗教か分かっておるのか? 八百万の神は昔より存在するのだからな』
「あっ、そうなのね」
なんとも自分の無知をさらけ出してしまった気がするわ。
『まあ、それはよい。あの祠は、海を鎮めるための贄を捧げ続けてきた場所だ。俺が生きていた時代にもそういう風習はあったからな。昔は海が引くとあの島まで道ができたものだ』
「あ、そうなのね。じゃあ、私があそこに行ったのはまずかったのかしら」
波均命の話を聞いて、私はちょっと心配になってきた。
『一応、おぬしには何もついてはおらんよ。きれいにしてもらったことを感謝しておるようだ』
波均命がその様に話してくれるので、私はほっとした。変なのつけてきたら、大変なことになりそうだったからね。
『だが、あの祠が原因の一つとも考えられるだろうな。おぬしが異なる世界に行く原因となった高波も、普通の要因では考えられん話だしな』
「やっぱりそうなんですね。私だけピンポイントで波がさらうなんてこと、普通はありえませんもんね」
『その通りだ。もしかしたら、ということは十分に考えられる。これからの時期はおぬしには厳しいだろう。俺の方で調べておいてやるから、冬の間はとにかく乗り切れるようにだけ考えておけ』
「ありがとうございます」
波均命は、冬の寒さに震える私を気遣ってくれていた。
これからの時期は外も海の中もかなり冷たくなる。私の魔法を使っても、どこまで軽減できるのかは未知数だものね。
そんなこんなで、波均命との話もほどほどにして、私は家に帰ることにする。
『マイとかいったな』
「はい?」
帰ることを告げて外に出ようとすると、私は波均命に呼び止められてしまう。
『おぬしの望みが、無事に叶うとよいな』
「はい!」
励まされたので、私が元気よく返事をする。
ところが、これだけで話が終わらなかった。
『だが、ふたつの望みの間で揺れておるようだ。俺の感じたところでは、同時に叶えることは不可能なものゆえ、いずれは決断をせねばならぬぞ。ゆめゆめ、忘れるな』
「……はい」
すっかり心の中を見抜かれてしまっているようで、こちらには迷いながら返事をしてしまう。
本当に神様ってば、すべてお見通しなんだなと思わされる指摘だった。
外に出た私は、寒さに震えながら、走って家まで帰っていったのだった。




