第30話 複雑な心
おじいちゃん先生には近づくなと言われたけれど、私はどうしても小島にある祠が気になって、再び足を運んでしまった。
昨日よりはスムーズにたどり着けたけど、やっぱり海から顔を出すとカラスに襲われそうになった。もう、なんなのかしらね。
それにしても、やっぱり薄気味悪くて不気味なところだわ。
でも、昨日よりは今日はだいぶマシになったと思う。やっぱり、気持ち程度掃除したのは大きかったかな。
あと、不思議となんか知っている気配も感じる。本当に不思議な場所ね、ここは。
祠の前にやって来た私は、そこらへんに落ちている葉っぱを一枚拾い上げて、水魔法を使ってきれいに洗う。それを祠の前に置いて、ポケットにしまっていたあるものを取り出した。
「こんなみすぼらしいお供え物で悪いんだけど、目立つわけにはいかないから我慢してね」
私は海岸にやって来るまでにあったコンビニに寄って買ってきた大福を、袋のまま葉っぱの上に置いて祠に供える。
軽く手を合わせて、私は祠を去ることにする。
「私は、転生した後の世界に戻らなきゃいけないの。私のいた記憶が失われてしまっているのなら、こちらに留まる理由はないものね」
私は立ち上がり、鼻息を荒くしながら独り言を喋っている。
「ただ、だからといって未練がまったくないわけじゃないものね。幼馴染みの海斗……、彼がいるんだもの。会っちゃったから、戻りたいけど戻りたくないとも思ってしまっちゃってるのよね。はあ、どうしたものかしら」
私はちょっと気持ちがぐらついてきている。
多分、この状態で海斗に会ってしまうと、こっちの世界に残りたいという気持ちが強まってきちゃうんじゃないかって警戒している。
今の私はマーメイドプリンセスだから、もうこっちの世界の存在じゃないんだもの。割り切って転生後の世界に戻りたいけれど、海斗の顔がちらつくたびに、帰りたくないって気持ちが出てきてしまう。本当にどうしたらいいんだろう。
帰る手段が見つかるまではこちらの世界に留まり続けるし、おじいちゃん先生と海斗はかなり面識があるから、遭遇する率は結構高い。
「私、こっちの世界でどういう感じで生きていったらいいんだろう……」
正直言って、いつまでこちらの世界に留まり続けるのか分からない。
転生前に生きていた世界だから、こっちも私の住むべき場所ではあるんだろうけど……。
「はあ、悩んでても仕方ないわね。転生した原因とこっちの世界に戻ってきた原因、どうにかして早く突き止めなきゃ」
私は小島の岸壁で座って休んでいたものの、考えていても仕方がないと、再び海に潜って調査をすることにした。
結果は、全然めぼしい情報も見つからずだった。不思議な感じのする祠があるから、ちょっとは期待したんだけど、まったく無駄だったみたいだ。
私は泳いで町の方まで戻り、服を着替えて家に帰ろうとする。
「にゃーん」
「あっ、あの神社で会った猫だわ」
私が海岸から上がろうとすると、見たことのある猫と目が合ってしまった。うん、波均命の神社で会ったトラ柄の猫で間違いなかった。
「うみゃーん」
走ってきたかと思うと、私にぽすっと飛びついてきた。
「わとと……」
落とさないように見事にキャッチする。
それにしても、ずいぶんと人懐っこい猫だわね。私にこんなに懐いてくれるんだもの。
「にゃう?」
私の顔を見ながら、くりんとした丸い目を私に向けてくる。
あまりの可愛さに、私はついぎゅっと猫を抱きしめてしまう。
「やっぱり、ここにいたか」
猫とじゃれついていると、どこからともなく声をかけられる。
顔を声がする方向に向けると、そこにいたのは間違いなく海斗だった。
「あっ、お兄ちゃん」
「毎日のように海に出かけて調べ物か。本当にご苦労なこったな」
「あ、うん。私、元の世界に戻らなくちゃいけないから……」
「そっか……。そういえば、そうだったな」
私が調べ物をしている理由を答えると、海斗は額に手を当てて、忘れていたみたいなことを言っている。
これまでも何度かそう伝えたはずなんだけど、本気にしてなかったってことかしら。まったく、海斗ってば私に対してはいっつもそうなんだから。
私は、なんだか急に腹立たしくなって頬を膨らましてしまう。
「おや? マイってなんでそんな構えをしているんだ?」
「えっ? あれ……?」
海斗に指摘されて、私は腕の中を見てみる。さっきまで抱えていたはずの猫が、知らない間に姿を消してしまっていた。いつの間に?!
「何をそんなに驚いてるんだよ」
「あっ、いや。あはは、何でもないよ、お兄ちゃん」
状況がわけわからなくて、私は笑ってごまかすしかなかった。
笑う私を見ながら、海斗は黙って手を差し出してくる。
「えっと?」
「ほら、つかまれよ。家まで送っていくからさ」
「あ、でも、どうしてここにいるの?」
「ジョギング中に見かけたからだよ。まったく、まだ小学生のくせに、こんな時間で一人でうろつくな」
「うん、ごめん、お兄ちゃん」
私は海斗に怒られて、仕方なくその手に引かれておじいちゃん先生の家まで戻っていく。
でも、私は知っている。ここは海斗のジョギングのコースじゃないことを。海岸付近は、夕方じゃなくて朝に走ってるからね。
「私が心配で、わざわざ来てくれたんだ」
「……何か言ったか?」
「えっ、うん? な、何もいってないよ、えへへへへ」
どうやら口に出てしまっていたらしい。海斗に尋ねられて、私は慌てたようにはぐらかしていた。
結局、今日の調査でも成果なし。
先の見えない状況に気が滅入る中、私は海斗に送られて家まで戻ったのだった。




