第27話 心の内
カリカリカリカリ……。
どこからともなく、ひっかく音が聞こえてくる。
私が窓の外を見ると、一匹のトラ猫が姿を見せていた。
「ああ、どこに行っていたのよ」
私は窓を開けて猫を部屋の中に招き入れる。
窓からぴょんと飛び降りた猫だったが、着地する直前にその姿を変える。
「まったく、窮屈な姿だにゃ……」
「仕方がないでしょう。ばれないように接近するには、その姿になってもらうしかなかったんだから」
猫はまるで人間のような姿に変身している。ただし、全身は毛むくじゃらで、骨格だけが人間のようになったような感じの姿だ。
「主様も、人が悪いですにゃ」
「何を言うのよ。私の運命の相手を手に入れるには、あの女が邪魔だったんだから」
「それで、その女に似ているあの子を、あたしに監視させてるですかにゃ。猫使いが荒いのにゃあ~……」
「私の使いのくせに、主に逆らうというの?」
「みゃっ!」
人型になった猫の頭を、私は思いっきり拳で叩いてやった。
まったく、主に逆らうとはしつけを失敗したかしらね。
「で、どうだったのかしら。波均命と接触してたのかしら」
「はいですにゃ。熱心に掃除をしていたこともあって、波均命の再臨に成功していましたにゃ。ただ、時期はちょうど神無月、協力を得られるには一か月以上かかりそうですにゃ」
「そうね。ちょうどよかったわ」
窓を閉めた私は、ベッドに腰掛けながら使いの猫と話をしている。
ただ、ここは自宅なので、いつ家族が入ってくるか分からない。そこだけは神経を使わないといけないのは、ちょっと窮屈だわ。
「それで、あの女の正体は分かったかしら」
「はい。波均命との話を、あの女の膝の上で聞いていましたからにゃ。ああ、おいしそうなにおいがしたので、ついかんじゃいましたけれど」
「そんなことはどうでもいいわよ。聞いた話を私に報告してちょうだい」
「はいですにゃ……」
くすくすと気味悪く笑っているから、私はとっとと報告をするように促しておく。残念そうな顔をするけれど、しょせんはあなたは私の使いでしかないのよ。主の言うことは聞きなさい。
使いである猫は、私に対していろいろと報告をし始める。そこで聞いた話は、いろいろと興味深いことばかりだった。
「というわけですにゃ。人の気配がしたので、あたしは途中で離脱しましたにゃ。主以外に飼われる気はないのにゃ」
「なるほどね……」
私はあごに手を当てながら、にやりと笑っていた。
あのピンク色の髪の変な女の子、やっぱり思っていた通りの存在だったみたいね。
それにしても、私が力を使って異世界に送り込んでやったのに、どうやってこっちの世界に戻ってきたというのかしら。まったく不愉快極まりない話だわね。
「でも、あの子は生まれ変わった世界に戻りたがっていますのにゃ。主の懸念は実現しないと思いますにゃ」
猫が気楽なことを言うものだから、私はその両頬を思いっきり引っ張ってやる。
「い、痛いですのにゃ……」
「のんきなことを言うんじゃないわよ。時間がかかればかかるほど、もしかしたらというのがあるかもしれないでしょ」
「さ、さっきと態度が違いますにゃ……」
「波均命の協力の話でしょ? それはあれでも一応神様だから、協力されては私のことが露見しかねないからよ。あれより低位とはいえど、私だって似たような存在なんですからね」
「む、難しいことを言いますのにゃ」
引っ張られた頬を擦りながら、使いの猫は文句を言っている。
まったく、これだから動物というのは頭が悪いというのよ。
いろいろな事情を天秤にかけてみたら、あの女一人で解決してとっとと帰ってもらうのがいいわけなのよ。
「……あの人の魂は、私のものなんだからね。誰にも渡さないわ」
「だったら、もうちょっとシチュエーションを考えればよかったですにゃ」
「し、しちゅ……? まったく、猫の分際で難しい言葉を知っているのね」
「いたたたた……。いちいち頬を引っ張らないでほしいにゃ」
頭に来たので、私はつい猫の頬を引っ張ってしまう。なんというかよく伸びて面白いものだから、どうしても引っ張ってしまうのよ。
でも、いやそうな顔をしているから、このくらいで勘弁してあげましょう。
「うう、絶対伸びたにゃ」
「文句を言っていないで、さっさと働きなさい。あの女の監視を、続けるのよ」
「……分かりましたにゃ」
猫はそう言うと、人型から元の猫の姿に戻る。私が窓を開けると、そこから身軽な動きで飛び出していった。
なんとも不安なところがあるので、私は大きなため息をついてしまう。
窓を閉めると、私はベッドの上に寝転がった。
「やっと……、やっと思い人の生まれ変わりを見つけたというのに……。すっかり世の中は変わっているわね」
あおむけから横向きにごろりと転がる。
「でも、選択を失敗したとしても、私は絶対のあの人を手に入れる。誰にも邪魔はさせないわ。だから、さっさと異世界に戻ってしまいなさい、浅瀬真衣!」
再び天井を見て、つい声に出してしまう。
いけない。あまり感情的になってはいけないわね。
一度目を閉じて気持ちを落ち着けると、私はベッドから立ち上がる。
面倒だけど、今の私にはやらなきゃいけないことがあった。
なんで、未熟とはいえ神になった私がこんなことをしなきゃいけないのか。
いろいろと理不尽に思いながらも、私は机に向かったのだった。




