第23話 きれいに磨くっきゃない
さらに翌日。私はまずは田均命と名乗る神がいる神社の方へと出向く。
毎日会うという約束だったのに、昨日は訪れなかったからだ。あの様子ならば、拗ねていそうで警戒してしまう。
『おお、今日は来たか』
いつもの拝殿の裏へとやってくると、明るい顔をして私に話しかけてきていた。神様という割には、ノリが人間そのものって感じだわ。
「ごめんなさい。昨日は弟さんの神社の掃除をしてきたものだから、とても寄る暇がなくて……」
私は一応、理由を添えて謝罪をしておく。
相手は神様なので、下手な言い訳は通じないだろうと思ったので、正直に話した。
『うむ、分かっておるぞ。磯の香りがここまで届くからな。悪かったな、弟のために』
どうやら信じてもらえたみたい。というか、磯の香りって私じゃないわよね?
『お前さんからも確かに匂うが、それとは別にきちんとした磯の香りじゃ。弟の力が強まったからじゃろう。普段はここまで届かんのだよ』
なるほど。
確かに、ここまでは海岸線からそこそこ距離がある。建物も多いし、結構遮られるのだろう。私はそう思うことにした。
「そういえば、なんで弟さんは『ばならしのみこと』って、最初の音が音読みなんですかね。こういうのって大体訓読みばかりなはずですけど」
ふと思った疑問を神様にぶつける。
意外な質問だったのか、神様は驚いた顔をしているようだ。
『ああ、それか。確かに、漢字で書けば『波』だからのう。実はな、本来は別の漢字が当たっておったんじゃよ』
「そうなんですね」
神様は説明を始める。
この辺り一帯を治めていた豪族の兄弟だったらしいのだけど、調停役は弟の方が務めていたらしい。
それで、その場をきれいにまとめ上げることから、弟は『場均し』と呼ばれるようになったそうだ。それがいつの間にか、陸地を治める兄と対比させるように海に関連した字である『波』へと変化したらしい。
そのため、この神様の弟は『波均命』と表記されるようになったそうだ。
「なるほどですね」
『弟はとにかく荒れた場でもすぐに鎮めてしまっておったからな。荒れ狂うことのある海を司るのであれば、実にぴったりな字であろう?』
「納得しましたね。読み方を変えなかったのは、敬意があるからですかね」
『そういうことじゃな。代々、こちらの神社の神主に伝えられてきておる話ゆえ、ちゃんとした読みが伝わっておるようじゃ』
「でも、信仰とは無関係なんですね」
『ぐっ……。痛いところを突きよるわい』
私の指摘に、神様は実に苦い顔をしている。
『昔っからなんだ、あいつは。わしのために裏方に回ろうとする。まさか、死後に神格化してからも同じような状況になるとは、誰も思うまいて……』
さすがは元人間ということもあって、神様はずいぶんと実の弟のことを気にかけているようだ。美しきかな、兄弟愛ってところかしら。
とはいえ、ここまで心配しているのは私としても気持ちはよく分かる。だから、私は改めて神様の要求を受け入れることにした。もちろん、元の世界に帰るまでの限定ではあるけれどね。
『それでは頼んだぞ、えっと名前は……』
「マイ、それが私の名前よ」
『おお、そうか。では、マイ。弟のことを頼むぞ』
「頼まれました」
私はそう言うと、神社を去って海に近い神社へと向かっていく。
もちろん、途中で家に寄ってからよ。荷物が多いからね。バケツと雑巾だけ持ってそのまま直行よ。
水? 私を誰だと思っているのよ。
マーメイドの魔法で水は出したい放題だからね。人間だったら考えられなかったことだわ。
そんなこんなで海に近い神社へとやってきた私は、昨日の草抜きに続いて、拝殿などの拭き掃除を始めることにした。
バケツに魔法で水を張り、ぞうきんを絞ってあちこちをきれいに拭いていく。
雑巾が思ったよりもすぐに真っ黒になっていくので、どれだけ手入れされていないのかがよく分かるくらいだった。
「さすがに罰当たりでしょ、ここまで放置していたら」
さすがにこれだけ汚れていると、文句の一つじゃすまなかった。
一時間くらいかけて磨き上げると、見えるところに限っては輝きを取り戻していた。
「ふう、裏側もしたいけれど、明日は土曜日ね。おじいちゃんとのお出かけもあるし、次はさすがに月曜日かな……」
おじいちゃん先生の医院の営業との兼ね合いで、私は土日は難しいと判断した。
時間も遅くなってきたし、そろそろ帰ろうと私は後片付けに入る。
「……マイ、今日も来てたのか」
「あれっ、お兄ちゃん」
汚れた水を捨てていると、海斗に声をかけられてしまう。
「どうしてお兄ちゃんがここにいるのよ」
「なんでって、ここはジョギングのコースだぞ」
私が問い掛けると、海斗は真顔で答えてきた。この表情なら、本当にここの前はジョギングコースのようだ。
それにしても、魔法でステルスしているのに、なんで海斗には気付かれちゃうんだろう。私はいろんな疑問を感じて、つい眉間にしわを寄せてしまう。
「ずいぶんときれいになったな、ここも」
「でしょー。私が頑張ったんだから」
「そっか。まあ、理由は聞かないでおこう。とりあえず送るから、手を出せ」
「雑巾を使っていたから、ばっちいよ?」
「問題ない。どうせ帰れば手を洗うんだからな」
「そっか。それもそうね」
昨日に引き続き、私は海斗と手をつなぎながら家に帰ることになった。
展開としては昨日と同じなんだけど、私の心はなぜかとても落ち着いた気がするのだった。




