第105話 海には近づくな
真鈴ちゃんと話をした翌日のこと、私は学校帰りに波均命の神社に寄る。
それというのも、真鈴ちゃんはどうもはぐらかそうとしていたからね。ならば、もう一人の関係者にあたるのが当然というものよね。
「波均命様ー?」
神社を訪れた私は、思い切って本殿に呼び掛ける。
『なんだ、騒々しい』
私の呼び掛けに、波均命はあっさりと姿を現す。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですかね」
『ああ、構わんよ。……大体の想像はつくがな』
本殿の上で寝そべりながら私に対応をしている。今日はやけに姿勢が悪い。いつもは本殿の前に座っているのにね。
かと思ったら、ふわりと浮いていつものように本殿の前に降りてきた。
『それで、用事を言うてみい』
「分かっているのなら、いう必要はないとは思うけど……。まあ、失礼にあたるし話すわね」
どことなくむすっとした表情をしている。波均命のこんな表情は珍しい。だから、私はあんまり刺激しないように注意をしている。
本殿の床ではなく、本殿前の階段の途中に腰を下ろし、波均命をしっかりと見つめる。
「海底で変なものを見つけたらしいじゃないですか。真鈴ちゃんから聞きましたよ」
『あの生贄の巫女、余計なことを言いおって……。そこからして秘密とは言うたではないか』
私の質問に答える前に、波均命は頭を抱えていた。どうやら、海底のことは秘密だったらしい。でも、聞いちゃったからにはね……。
波均命は大きくため息をつくと、私の顔をじっと見つめてくる。
『仕方あるまい。それを聞いてしまったからには、詳細を説明しよう。だが、絶対にその場所に近付くでないぞ』
「なんのことか分からないけれど、一応約束するわ」
ずいぶんと脅すように話してくるので、私はこくりと頷いている。
私の態度を見て、波均命は諦めたような顔をしている。まったく、なんだっていうのよ、その態度は。
波均命は床の上にあぐらをかくと、私に厳しい表情を向けてくる。そのあまりにも怖い表情に、私はごくりと息をのんでしまう。
『海底にな、妙な力を放つ亀裂が見つかったのだよ』
「妙な力の亀裂?」
波均命の言葉を聞いて、よく理解できない私は首をこてんと傾けてしまう。言っている意味が本当によく分からない。
とりあえず分からないので、私は詳しい説明を求める。
「近くの海の海底でな、お前さんの力とよく似た感じの力を放つ場所が見つかったのだ。小娘に伝えれば絶対に行きたがるだろうと考えて、あやつには話すなといっておいたんだが……。まあ、無駄だったようだな」
波均命は私と目を合わせようとしなかった。なによ、まるでトラブルメーカーを相手にするような態度じゃないのよ、それ。なんとも失礼だわ。
私はジト目で波均命をみつめる。
『とりあえず、分かったことは、お前さんをさらった高波の発生した地点から、あやつのいたあの離れ小島に向かって進まなければ、その力を感じることができないということだな。それ以外の方向から近づけば、感じ取ることすらできなんだ』
「あっ、そういう縛りみたいなものはあるんですね」
『うむ。特定の条件が揃うことで、はじめて見ることができるというわけだ。その複雑な条件ゆえに、大した備えもなく突入したおぬしは、その力の影響を大きく受けてしばらく寝込んだというわけだ』
「最近寝込んだ理由ってそういうことだったんだ。まったく覚えてないのよね……」
波均命の話を聞いて、私は数日間寝込んだ理由を知ることとなった。うなされたこともあってか、すっかり忘れ去っていたわ。
もっと聞けば、海底の亀裂から漏れる力と、真鈴ちゃんの持つ呪いの力が複雑に絡んだ結果、私に悪い影響をもたらしたということらしい。一歩間違えれば、死ぬか二度と目が覚めない可能性があったとか。
こんなことを聞かされてしまえば、私は肩をつかんで震えてしまう。
「知らなかったとはいえ、それは怖いわ……」
『うむ。生贄の巫女が対処せねば、最悪は考えられたぞ。だが、それに気付けなかった俺にも責任はあるな。正直済まなかったな』
私を責めながらも、波均命は自分の非も認めていた。こういうところは、あんまり憎めないわね。さすがは会議などを取り仕切っていただけのことはあるってものだわ。
『というわけだ。生贄の巫女のおかげで危険性は減ったが、あの亀裂から漏れ出る力と同じ力を持つおぬしは、海に近付いてはならんという結論になった。絶対に海に入ってはならぬ。入ったとしても、あの海域には近づくでないぞ』
「ええっ?!」
波均命に言われて、私はつい声を上げてしまう。
私はマーメイドだというのに、海に入るなは、あまりにもひどいものだわ。
いや、この半年間もほとんど海には入っていないけれど、海を完全に取り上げるのは横暴だと思うの。
「あの海域には近づかないと約束するわ。だから、私から海を奪わないで、お願い」
『う、むぅ……』
私が必死に抵抗すると、波均命は唸り始めてしまった。
しばらく、私たちは無言のまま、互いの目をじっと見つめ合っていた。
『しょうがないな。だが、絶対あの海域には近づかない。これだけは守ってくれ。いくら俺でも責任が持てないからな』
「約束するわ」
波均命は根負けをして、あの海域に近付かなければ、海に入ってもいいと許可してくれた。
ふぅ、これでマーメイドというアイデンティティを奪われずに済んだわ。
私は思わずほっとしてしまったのだった。




