第104話 面影
「えっ、海底に変な亀裂を見つけたって?」
「ええ、その通りよ」
私は、翌朝の登校途中で、あの女に昨夜のことをすべて話した。知っておいていいだろうとも思ったからね。
だけど、詳細は伏せておいた。まだきちんと話すには問題が多すぎるからね。その間、私はお兄ちゃんとマイの仲が進展することを妨害しなきゃ。
「ああ、見に行こうとしないでね。波均命が、自分に任せろって言っていたから」
「そ、そう……」
私がマイの行動を止めようとすると、なんとも残念そうな顔をしていたわ。どんだけ調べたがっているのやら。
でも、あいつから近付けさせるなと止められている以上、私は全力で止めさせてもらうわよ。私が手を出せない間は、下僕に止めてもらうつもりよ。
まったく、なんて顔をしてるわけよ。
落ち込んで頼んできても無駄よ。私は悪霊なんだから、泣き落としなんて通じないんだからね。
「まったく、あれがもし時空の歪みだったとしたら、近付いた時点で危険にさらされるのよ。どこに飛ぶか分かったもんじゃないんだからね」
「う、うん。分かった。おとなしくしておくわ」
私は睨みつけるような表情で注意をすると、ようやく黙り込んでいた。
この手のことは、私が一番理解しているからね。
だけど、あの亀裂は私も調査してみたいわ。そうしたら、マイの身に起きたことも分かるだろうし、あの人の魂を独占することだってできるわ。
よし、頑張ろう。
「真鈴ちゃん、気合いが入っているわね」
「まあ、ようやくあんたを元の世界に戻せる可能性ができてたからね」
「うん、あっちのお母さんたちも心配しているだろうからね。早く戻りたいわ」
私が顔を向けながら話すと、マイはどことなく寂しそうな顔を見せていた。
なによ、家族に会えるからそこはもっと笑顔になるべきでしょう。私なんて、もう二千年近くも前の話だから、合いたくても会えないのにさ。
ああ、なんだか腹が立ってくるわ。
蹴とばしたくなったけれど、私はおとなしい子で通っているし、そろそろ学校だからやめておきましょう。……ああ、いらいらする。
どうにかこうにか気持ちを落ち着けた私は、一日の授業を終えて家に戻ってくる。
「ただいま」
「あっ、お帰りなさい、真鈴」
家に帰れば、私の呪力で記憶を植え付けた母親役の女が迎えてくれる。
私に対して優しくしてくれるけれど、本当の母親じゃない。なんだろうかしら、今となってはなんだかむなしくなってくるわね。
「どうしたの、真鈴」
「いえ、なんでもないわ」
私が立ち止まったものだから、母親は心配をしてくれている。
だけど、私はどこか素直になれないから、冷たく突っぱねて自分の部屋へと戻っていく。
部屋に戻ると、私はこのあとのランニングのために服を着替える。
あの女とお兄ちゃんの仲を邪魔するために始めたことだけれど、自分がまだ普通に生きていた頃を思い出してくる。
木の実や草を採集するために、よく走り回っていたからかしらね。周りの人たちによく怒られはしたけれど。
あの頃は今よりも海面が低かったし、あちこちでこぼこした地形だったからね。けがしたら大変だからって本当によく怒られたわ。
「はあ、今頃あの時のことを思い出してなんになるっていうのよ。あの人の魂以外に、何に執着すればいいというのよ」
突然蘇ってきた記憶に、私はつい嘲り笑ってしまう。
「ばかばかしい。さっさと準備をしましょう」
しっかりと服を着替えた私は、適当に過ごしながら、お兄ちゃんが戻ってくるのを待った。
「ただいま」
二時間くらいして、ようやくお兄ちゃんが帰ってきた。さすが高校生で、部活までやっていると遅くなるわね。
それに、お兄ちゃんは今年は大学受験を控えているものね。いろいろ大変なんだろうな。
あの人もまじめだったから、その魂を受け継ぐお兄ちゃんもやっぱり真面目。うん、惹かれて当然というものかしら。
「お帰り、お兄ちゃん。すぐ出る?」
玄関まで出ていった私は、お兄ちゃんに問いかける。
「ああ。お前たちが一緒だから、あんまり遅くなるわけにもいかないだろ。出れるか?」
「行けるよ、お兄ちゃん」
準備万端な服装に、気合いの入ったポーズを見せて、私はしっかりと答えている。
そしたら、お兄ちゃんが思いっきり噴き出していたわ。何よ、失礼ね。
「まったく、最初はあんなに走って楽しいのとか言ってたのに、やる気十分になったな。荷物を置いてくるから、ちょっと待ってろ」
「あ、うん」
お兄ちゃんはそうとだけ言うと、学生かばんなどを置きに部屋へと走っていった。
こうやって見ているとやっぱり別人よね。魂が同じとはいっても、時間の経過で変わってしまうものなのね。でも、やっぱり私はお兄ちゃんを諦められないわ。
「お待たせ。それじゃ行くぞ」
「うん、行こう、お兄ちゃん」
戻ってきたお兄ちゃんに声をかけられると、私は考えごとしていたこともあって驚いてしまう。だけど、気取られるわけにはいかないのでしっかりと反応する。
私の顔を見たお兄ちゃんは、なんともおかしそうにくすりと笑っている。
その時の顔に、私はちょっと懐かしさを感じてしまった。
「ほら、ぼさっとするな」
「ご、ごめん」
私はお兄ちゃんに手をひかれながら、夕方のランニングへと向かっていった。
本来生きていた時代の、あの人の面影を感じながら。




