第103話 海底に隠されていたもの
波均命の神社に集まった日の夜のこと、私は海に来ていた。
真っ暗闇の中で、月明かりに照らされた海面がキラキラと輝いている。
『なんだ、来ておったか。生贄の巫女』
「波均命か。その呼び方をするということは、やっぱり、私よりは前の人間だったのね」
『うむ。ようやく思い出したというものだ。どこかで見た気がしていたからな』
「……そう」
波均命と言葉を交わした私は、再び海を見る。
「ねえ、波均命」
『何かな?』
ふと思い出した私は、ちょっと確認をしてみようと思って聞いてみることにした。
「以前、あの女、マイが体調を崩した時があるんだけど、状況は分かるかしら。本人に聞いても、あんまり覚えていないみたいだから、あんたなら知っているかと思ってね」
私は海を眺めたまま、後ろに現れた波均命に質問を投げかけている。
なんとなくだけど、顔を合わせる気が起きない。同じように水に関した力を持つとはいえ、私は悪霊。神になった男に比べれば、弱いと思うからね。
『ふむ……。詳しいことは分からんが、事情を聞けば何か分かるかもしれん。話してもらえるか?』
「ええ、いいわ。私も協力するとは言ったからね。あの人の魂を手に入れるには、あいつは邪魔なの。だから、さっさと異世界とやらに追い返したいからね」
『まったく、素直なんだかひねくれているんだか、分からんな』
「なんとでも言えばいいわ」
波均命の言葉に、私はとにかくイラッとする。いちいちうるさいのよ。
だけど、原因をはっきりさせたいから、話をすることにしたわ。
「……というわけね。私の持つ呪いの力に取りつかれていて、それが原因で苦しんでいたわ」
『ふむ、なるほどな。それならばこれが原因であろう』
「思い当たる節があるの?」
私は驚いて聞いてみるものの、波均命は黙ったまま歩き始めていた。まったく、どこへ行こうというのよ。
って、そっちは確か……。
『ここから海に向かえばよい。お前なら、分かるだろう』
「分かったわ。時々車が通るから、見えないようにしてもらえると助かるわ」
『あい分かった』
波均命に神力をかけてもらうと、私の体に激痛が走る。やはり、悪霊となった私とは、力の相性がよろしくなかったようだ。
でも、お兄ちゃんを自分のものにするためにも、あの女にはとっとと異世界にお帰り願いたいから、我慢をして海の上を歩いていく。
しばらくすると、私は違和感を感じた。
「これは……。海中に私の力が残っている?」
なにやら引き合うような感覚を覚えた。間違いなく、これは私の呪力だわ。
「ちょっと待ってよ。もう半年以上前の話よ? なんで……、なんで私の力がここに残っているわけ?」
『やはり、力が残っておったか』
「波均命!」
後ろから聞こえてきた声に、私は大声で反応してしまう。
いえ、今は波均命よりも海中の力だわ。なんで残っているのよ。
海中から感じる力というのは、あの女を高波でさらわせるために使った力よ。あの時だけで消えてしまうはずだったのに、それがどうして……。
「あの離れ小島であれば分かるけれど、どうしてここにこんなものが……。これじゃ、今の方向に進んだ時に、海に引きずり込まれてしまうじゃないの。私が狙うのはあの女だけ、他の人は関係ない……」
私だって、血も涙もない悪魔じゃない。悪霊ではあるけれど、無関係の人を巻き込むことはしたくないわ。
集中して、地面に残る私の呪いの力を打ち消そうとする。
「……なにこれ?」
だけど、どういうわけか完全に打ち消すことはできなかった。
私の力なんだから、私がどうにかすれば消せるはずなのに、一体どうして?
『おい、何か海底に感じる。一度その辺でやめておけ!』
「えっ?」
波均命が慌てて止めてくる。
驚いたけれど、私はその言葉に従って呪いの力を吸収することを一度やめる。
「一体、なんだっていうのよ、波均命」
私は文句を言う。
『お前は感じないか。この不思議な力を』
追いかけてきた波均命が、海底を指差しながら怒鳴っている。私はその指先の方向へと目を向ける。
次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは、海底できらめく青い光だった。
「なによ……これ……」
感じたことのない力に、私はただ驚くばかりだった。だけど、なんだろうか、知っている感覚を覚えてしまう。
『これは、あの小娘と同じような力の塊みたいだな』
「ということは、マイはこの亀裂を通って?」
『可能性は高い。だが、これは慎重に調べてみる必要がありそうだな。今の段階ではわからなさすぎる』
「でも、あの女と似た力なら、マイを連れてくれば……」
私が訴えるも、波均命はどこまでも慎重なようだった。
なんでよ。これがあの女と同じようなものだというのなら、ここから送り返せばライバルが消えるのよ?
『邪魔者が消える、そう思っているようだが、よく見てみろ』
波均命は、変な力の亀裂を凝視させてくる。
冷静に確認してみると、亀裂は人が通れるほどの大きさがなかった。ということは、あの女を押し込もうにも、そもそも入れないということだわ。なんて残念なのかしら。
『お前のおかげで調査が進展したのはいいが、短絡すぎる。ここは俺が調査を続けるから、お前はあの小娘と過ごしておれ』
「……分かったわ。私には自由な時間が少ないものね」
正直言って悔しいわね。あの女を送り返すチャンスだっていうのにね。
悔しいけれど、私は波均命のいう通りにするしかなかった。
絶対にあの人は渡さない。
この想いだけは絶対捨てないように強く決意を固めながら、私はこっそりと家へと戻っていった。




