8.怨霊
夕暮れがゆっくりと街を包む中、俺は吉備津家の古い墓前から立ち上がった。
村瀬さんの言葉が胸の奥に深く刻まれている。
関わるなら覚悟をもて。
今の俺に何ができるかなんて、分からない。
彼女を救う方法も、何もわからない。
でも、彼女を孤独から救う。
それだけは絶対に成し遂げて見せる。
その覚悟を胸に、足取りを進めた瞬間、背後の薄明りで冷たい風が吹き抜けた。
心臓が跳ねあがる。
薄明りの中、墓石の影が揺れる。
いや、影だけじゃない――何か大きな存在が、じっとこちらを見据えているようだ。
「……誰だ⁉」
その瞬間、空気が重くなり、周りの音が遮断された。
そして、低く唸るような声が耳元で響く。
振り向くと、そこには三十代くらいの男――いや、人の形をしているが、明らかに人間ではない何かがそこにいた。
その肌は死人のように青白く、まるで蝋人形のようにのっぺりとしていた。
眼光は異様に鋭く、表情には怒りと怨念が刻まれている。
最も恐ろしかったのは、その存在そのものが放つ圧迫感。
近くに居るだけで、生命力を吸い取られるような感覚に襲われた。
体が勝手に一歩後ろに下がった。
逃げ出したい、そんな感情に囚われそうになったが、必死に足を踏ん張った。
「……オレの望みはただひとつ。桃太郎の血を絶つこと……それだけだ」
そう言って男はニヤリと口を歪ませた。
その笑みには、深い憎悪と、執念の炎が宿っている。
「そんなこと……させない。彼女を絶対に、鬼になんかさせない!」
拳を強く握った。
けれど、耳元で低い声が囁く
「……無駄だ」
絶望を誘う声に、俺は強く首を振った。
「無駄じゃない! 彼女は……目を輝かせて笑うんだ。そんな彼女を、鬼なんかにしてたまるかッ!」
怨霊の瞳が赤く光る。
その光に心臓が貫かれるような恐怖を感じた。
足が震え、喉が張り付く。
それでも、俺は一歩前へ踏み込んだ。
「それでも……呪うっていうなら、俺がお前を消してやるッ!」
叫んだ瞬間、風がうなりを上げ、墓地の木々が一斉に揺れた。
怨霊の影が大きく膨れ上がり、俺を飲み込もうと迫ってくる。
――その時。
「やめろぉぉおおお!」
鋭い声が背後から飛び、怨霊の影が一瞬だけ揺らいだ。
声のした方を見ると、杖を振り上げ走ってくる村瀬さんの姿が目に飛び込んできた。
怨霊は村瀬さんを睨みつけると、低く笑った。
「……お前か、またひとりお前の目の前で鬼になる……それも面白い」
そう言い放つと、まるで俺たちなど取るに足らないとでもいうように、すっと影のように消えていった。
残されたのは、冷たすぎるほどの静寂だった。
全身の力が抜け、膝が折れそうになる。
でも、胸の奥には熱い決意が確かに芽生えていた。
彼女を絶対に守る。
たとえ鬼の怨霊を相手にしても。




