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7.彼女が背負うもの

 次の日、夜まで待てず俺は彼女の家まで来ていた。

 声をかけようと門に近づいたとき、背後から声が聞こえた。

「また君か……」

 振り返ると、先日と同じ白髪の老人が立っていた。

「この家、吉備津桃花さんの家ですよね」

 ゆっくりとこちらに視線を向ける。

 胸の奥で、何故か身構えるような感覚が走った。

「だとしたら?」

 低く、重みのある声。

「桃花さんを探しているんです。昨日のことが気になって……」

「何があった?」

 老人の表情が変わった。

「昨日、桃花さんの様子がおかしくて――」

 老人は深いため息をついた。

「やはり、抗えないのか……」

「抗えないって、どういうことですか? 教えてください。あなたはこの家の人たちのことを知っているんですよね」

 老人は少し眉を顰める。

「知ってどうする?」

「どうって……」

 自分に何ができるかなんてわからない。

 彼女が抱えているものが何かも知らないけど、あんなに怯える彼女を放っておくことなんてできない。

 けれど、老人は俺を見定めるかのように、上から下まで鋭い視線で見つめた。

「普通の恋愛を楽しみたいのなら、彼女のことは忘れなさい」

「忘れるなんて――」

 昨日の彼女の姿が脳裏をかすめる。

 赤い瞳と冷酷な気配。

 恐怖を感じた。

 けれど、それは彼女の姿に感じたものじゃない。

 彼女を失うかもしれないという恐怖だ。

「彼女を守りたいんです」

 老人の目が微かに揺れた。

「あの少女と関わるという事は、不安と恐怖に立ち向かわなけれならない。君にその覚悟はあるか?」

 その声には、静かな威圧感とともに、何かを覚悟させる力があった。

 老人の言葉ひとつひとつが、重く胸に刺さる。

 怖さも不安もある。

 でも、彼女の笑顔、未来――守りたいものははっきりと見えていた。

 俺はゆっくりと息を整え、老人を見据える。

「……覚悟はあります。教えてください。どうすれば彼女を守れるか、知りたいんです」

 老人はしばらく黙って俺を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。

「……わかった。話してやろう」

 その瞬間、重く立ち込めていた空気が少しだけ緩んだ。

 そして、やみくもに突き進むしかなかった俺を、導いてくれるそんな期待が胸を占めた。

 


 連れてこられたのは墓地だった。

『吉備津家之墓』と書かれた墓石の前で、老人が静かに手を合わせる。

 それに倣って俺も手を合わせる。

 老人は村瀬重吉と名乗った。

 村瀬さんは少し息を整えると、視線を墓石の先に落としたまま語り始めた。

「昔、私も……ある女の子を想ったことがある」

 懐かしむ瞳の奥には、それだけじゃない何かを秘めていた。

 単なる昔話ではないのだと、心を引き締める。

「恋をしていた。彼女は明るく、純粋で、誰からも愛される子だった」

 村瀬さんの表情が和らいだ。

 けれど、それも一瞬のこと。

 すぐに表情は曇ってしまった。

「だが……」

「ある夜、彼女が……鬼に変貌してしまった」

「鬼……ですか?」

 現実離れした話に、俺は困惑した。

「そうだ。君、桃太郎の話を知っているか?」

 知っているも何も、誰もが知っている童話だ。

 話の飛躍に戸惑いながらも、老人の問いに答える。

「ええ、鬼を退治する昔話ですよね」

「ああ、でも話はそこで終わりじゃない」

 村瀬さんの顔が苦渋に歪む。

「終わりじゃない?」

 重々しく村瀬さんが頷いた。

「退治された鬼は死ぬ間際に桃太郎を呪った」

「呪い……」

 その言葉を口にした途端、背筋に冷たいものが走った。

「どんな呪いですか?」

「桃太郎の血を継ぐものを鬼と変え、その手で人間を滅ぼそうという呪いだ」

 思わず息を呑む。

 単なる逆恨み、そんな単純な言葉では言い表せられないほどの恨みが込められていた。

「明るかった子が、次第に笑顔を見せなくなり、家に閉じこもるようになった。鬼の呪いが彼女を変えてしまった」

 村瀬さんの声が悲しみに揺れた。

「その子はどうなったんですか?」

「自ら命を絶ってしまった。私は彼女を救うことができなかった」

 村瀬さんの目には、深い後悔と痛みが滲む。

 残酷な結末に、胸がざわめく。

「じゃあ、桃花さんは……」

「彼女は桃太郎の血を受け継ぐ最後の一人。両親は鬼の怨霊によって命を奪われた。それを自分のせいだと思い込んでいる」

「そんな……」

 彼女が背負っている重さを知り、俺は途方に暮れた。

「信じられないのも無理はない。でも、君が見たものは何だった?」

 村瀬さんの問いかけに、血の気が引くのが自分でも分かった。

「でも……」

 言い訳しようと口を開いたが、何も言葉にならなかった。

「彼女はひとりで孤独に耐えている。これ以上、彼女を苦しめる事だけは……しないでやってくれ……頼む」

 そう言って悲しみに暮れる村瀬さんの背中を見て、俺の中で何かが音を立てて崩れた。

「俺に……何ができる?」

 情けない声が口から漏れる。

 守りたいと思っていたのに、想像をはるかに超えた現実を突きつけられ、自分の無力さばかりが際立った。

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